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友人でもある彼の映画について、なにかまじめに書くことはむず痒いし、そして、とても緊張する行為だ。

しかし、それでも文章を打ち進めようと思うのは、三宅唱の新作『Playback』が、彼の燦然と輝くフィルモグラフィの中でもやはり最高の傑作だ、と言わざるを得ないからである。

 

この世界に「トニー・スコットの真の後継者だ」と自信を持って言える監督がいるとするならば、やはり三宅唱しかいない。あらためてそう感じた。男2人を並べて、同じフレームに収めること、そしてその「関係」を描くこと、すなわち「演出」という行為において、ほとんどトニスコの映画を見ているような感動を覚えるし、男3人<ハジ/ボン/モンジ>を並べれば(『やくたたず』でその片鱗は十分に見せていたが)世界でも彼の右に出るものはいないのでは、とすら思えてしまう。彼の演出力を前にすれば、白黒だカラーだ(あるいはフィルムだ/デジタルだ)、ということですら重要でなくなるだろう。

三宅唱という監督の映画を、ぼくがはじめてみた『4』や『マイムレッスン』(どうやら6年も前らしい)以降、ほとんど唯一共通して描かれる主題めいたもの、があるとすれば、「遅れてしまった」感覚ではないか、と僕は考えている。映画中に遠藤が言うように「選択の結果」の「やっちまったなー」感あるいは「取り戻せない」感と言い換えてもいいだろう。(一体リア充代表の彼において、どんなトラウマがあって「遅れてしまった」感を描きたがるのか、と聞いてみたくもあるが!)
今作も冒頭から「遅れてしまった」感に満ちたシーンが連続して描かれる。当然映画は引っ越しから始まるわけだが、最初わけもわからず「引っ越し」にサインし、そして段々理解していく、ハジの「遅れてしまった」感といったら、痛快の極みだ。
そしていよいよ本作では、「遅れてしまった」感を取り戻すために、過去へとプレイバックしてすら見せる。その意味で本作は、彼が描きたかったものに対して、最も向き合った映画であるだろうし、故に我々観客は、彼の映画の中でも最も心惹かれるのかもしれない。

また映画中、何度も繰り返される「お前の話」「俺の話」あるいは「俺の話じゃない」というフレーズも印象的だ。なによりも、ロカルノ映画祭で使用されたであろう英語字幕バージョンでは、「your story」「my story」「This is not my story」という言葉群が字幕を踊ったであろうことを想像すれば、それだけで超かっこいいことだし、僕は興奮の極みに到達してしまう(勿論、英語字幕バージョンを見たわけではないので、僕の妄想に過ぎず全然違った場合はご容赦頂きたい)

 

思うところを書いてはみたが、難しいことを言わずとも、アメリカ映画のように、ただかっこよくて、ただ面白い、最高の映画である。日本では彼の名前を知らない映画人は、既にほとんどいなくなったのでは、とすら思うが、いづれ(きっとそこまで時間はたたないだろうが)、アメリカで彼は凄まじい映画を撮るだろうし、世界的に三宅唱の名前は有名になるだろう。僕は6年前からそう言い続けている。だから、いま彼が凄い勢いで駆け上がっていることが嬉しくてしょうがない。

その三宅唱の新作『Playback』は、11月10日からの渋谷での劇場公開する。是非駆けつけてほしい。

http://www.playback-movie.com

 

 

僕は本作を、ぴあフィルムフェスティバル@フィルムセンターで見たのだが、本人も言うように、フィルムセンターで彼の映画が上映されることが幸せでならない。次回は、三宅唱生誕100年、三宅唱死後のレトロスペクティブだろう。笑

そして彼の映画の魔力で集まった久々のメンバー8人でのプレイバックナイトも個人的には触れておきたい。ひさびさにシネフィルと触れて、2時間映画についてしか話さず、かつての興奮を思い出した。最後のその場で言及された映画を、記して、お茶を濁して終わりにしようと思う。いいと言われたものも、ぼろぼろに罵倒されたものも羅列する。(言及されるということが素晴らしい)

『スパイの舌』『やくたたず』『Playback』(以上、三宅唱)、『デジャヴ』『アンストッパブル』(以上、トニー・スコット)、『幸せへのキセキ』『あの頃ペニーレインと』『エリザベスタウン』(以上、キャメロン・クロウ)、『フェイス・オフ』(ジョン・ウー)、『エア・フォースワン』(ウォルフガング・ペーターゼン)、『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』『アメリカの影』『こわれゆく女』『ラブ・ストリームス』『フェイシズ』(以上、ジョン・カサヴェテス)、『私の中のあなた』(ニック・カサヴェテス)、『ブロークン・イングリッシュ』(ゾエ・カサヴェテス)、『シルビアのいる街で』『イニス・フリー』(以上、ホセ・ルイス・ゲリン)、『回路』『贖罪』(黒沢清)、『夜よ、こんにちは』(マルコ・ベロッキオ)、『ザ・タウン』『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(以上、ベン・アフレック)『ミッドナイト・イン・パリ』『人生万歳』(以上、ウディ・アレン)、『ゾディアック』『ソーシャル・ネットワーク』『ドラゴン・タトゥーの女』(以上、デヴィッド・フィンチャー)、『桐島、部活やめるってよ』(吉田大八)、『ダークナイト・ライジング』(クリストファー・ノーラン)、『ヤング≒アダルト』『JUNO』『マイレージ・マイライフ』(以上、ジェイソン・ライトマン)、『ラブ&ドラッグ』(エドワード・ズウィック)、『東京上空いらっしゃいませ』(相米慎二)、『わたしたちの宣戦布告』(ヴェレリー・ドンゼッリ)、『ライク・サムワン・イン・ラブ』(アッバス・キアロスタミ)

一番笑ったのは、中学の時何見てた、みたいな話で、ある人が「クロキヨ(黒沢清)」といったとき、俺とFは、「(マルコ・)ベロッキオ」と聞き間違えて、すげー、となった話。

“『Playback』(三宅唱)” への1件のフィードバック

  1. akttkc より:

    明日京都で見てくる。楽しみで若干緊張してきた。見るまでは何も読むまい。

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