田中大地のwebサイト

ブログを書いていてよかったなー、と思うときがある。そんなことを思うのは、今晩のように、過去の日々を思い返したくなる夜ばかりだ。果たして自分自身にとっていいことなのかどうかと考えてしまう。一体何故自分自身の過去を思い出すことを、禁欲的であれ、と責められなければ・責めなければならないのか。映画のように、決してPlaybackが叶わないからだろうか。とにかく、僕にとって過去を思い出すことは、甘美な、嵌りすぎると帰ってこれなくなる誘惑なのである。精いっぱい遊ぶことであれだけ忙しかったのに、それでもせっせと長文を残した、自分と時間を共有していた友人たちを誇らしく思う。
言うまでも無く、僕が祝日の夜を、感慨にふけり過ごすのは、この2日間の朝霧ジャムのせいである。

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ほとんど深夜、渋谷。ローソンの前で集合といっただけで、僕は早速にも2007つまり大学4年のフジロックを思い出してしまっている。それは僕にとって原体験である。あのときもA以外は誰も知らない友人たちの車に、道端で待ち合わせをした。確か湘南台だろうか、藤沢だったろうか。とにかくそのあたりに、早朝大荷物を背負って向かったものだ。あれから、何度かのフェスは知らない人ばかりと行くことも、道端で待ち合わせることもなかったように思う。

友人のタカシは遅れると連絡来たので、待ち合わせ場所のローソン前で知らない人たちが朝霧っぽい恰好して誰かを待ってたので、あのタカシの友人ですかと声かけをすれば、いえ違いますと返され、それはすみません、という体で顔を赤らめた。ローソンで飲料など購入し、出ようとしたらメンバーは続々と集まっていて、見知った顔と思ったらタイセイとツヤさんで、彼らは一度タカシ宅のホームパーティーで会ったことがあるので、それはそれはと安心する形となった。そのあと遅れてタカシがきて、ユミさんがきて、もうひとりのユウカさんとやらは全然来ずに、そういえば2007もケイちゃんが全然現れなかったことなど思い出していた。30分ほど待てばユウカさんも来て、さて行きますかという形で出発する。

飲まない・運転できる・車持ってる、まさに運転手の鏡であるタイセイにすべてお任せする形でわりと眠っていたら静岡県まで着いて、スーパーで、マッカランやチェアやブルーシート、翌日の朝食の材料など購入し、朝霧へ再度向かう。昼過ぎにはふもとっぱらに着き、なんていい景色なんだふじさんー!と叫び、早速テントなど立て買い込んだビアーなどで、カンパーイ!とやる。その場の会話でOKI DUB AINU BANDは別にいいよね、との合意がなされ、GOMAちゃんに照準あわせ会場へ。

5月の日比谷宇宙の日ROVO祭りではGOMAはとにかく良かった記憶があり、酒とGOMAにやられた僕は代わりにROVOの記憶は一切ないわけだが、しかし今回はそのときほどではなくて、酒が足りなかったのか、それとも事故を潜り抜けたGOMAが観客への感謝に溢れ、その感謝の意味とかに疑念を持ったからなのか、とにかくその「あなたたちのおかげで、いま生きていけます、ありがとう」の言葉に僕は共感できず、GOMAの熱心な信者ではないことを再確認した。GOMAは動きも言葉もどこか教祖的なところがあるので、そうならないことを祈る。教祖になった音楽やる人ほど僕の好きから程遠い人はいない。それでもめいいっぱい踊った。

そんなだから疲れた体に鞭打って向かったMOONステージの鎮座DOPENESS & DOPING BANDはほんとに最高で、見たのは2年前のFESTA de RAMA以来で、あのときから僕は鎮座のシニカルな笑いと適当だけど確実なラップの虜なのだけど、今回もフリースタイルとか大分かっこよくて、PUNPEEも鎮座もそうだけど、フリースタイルほどライブの魅力がつまった瞬間はないなーと思うし、だからHIP HOPはやめられない、と思った記憶がある。定番の「いってんのかいかされてんのか」「やってんのかやらされてんのか」とか楽しい言葉遊びに、鎮座もだいぶ楽しそうに踊るのだから、つられて僕も満面の笑顔で踊ったものだ。

ジントニックなど各種アルコールにまみれ、レインボーステージに帰ったら、スケボーダーには憧れのトミー・ゲレロがやっていたのだけれど、眠すぎて起きたらWILCO JOHNSONになっていて、ゲレロは完全寝過ごした形になり、残念に思いかけたけれど、よく考えたら、憧れはあれど彼の音楽にはまったことなんて一度もないので、そんなに残念でもなかった。それよりも、前回の経験を踏まえられていないというか、朝霧寒いよね、という記憶はなかったため薄着でいったところ寒くて目覚める形になったことのほうが残念だ。起きたらタカシがうまそうなラーメン食ってたため、僕も購入し、ふつうに店で食ってもうまいよね、とふたりで結論づいた。

ドクター・フィールグッドもウィルコ・ジョンソンも僕の人生にはまったく無関係の存在だったので、しかし周囲の皆はわりと好きなようだったので、社交的で場の雰囲気を壊すことを嫌う僕はトイレに行く振りをしてムーンステージに向かうも、CUT CHEMISTは音楽むかつくぐらいぶちぶち切るタイプのDJで30秒くらいで嫌になる結果に終わり、毛布借りて早々にレインボーに戻る。丁度いい具合に、ウィルコ・ジョンソンも終わっていてタカシと飲料を探しに向かう。ところ天国で、天国行きたいですかー?と「勿論さ」と答えるしかない問いを受けたので、天国ビールというものを初めて飲み、これはマリブ+テキーラ+ビールの組み合わせで酒×酒×酒という一切寄りそう気のない飲み物で、しかしマリブの飲み口やわらかく、アルコール度高いココナツジュースのような形でたいそう美味しく、僕とタカシはこれを朝霧のソウルドリンクにしようと喜んだ。

そうこうしてればリー・ペリー登場の合図らしい井上陽水が流れ、みんなで2012フジロックのことを思い出し大合唱し、リー・ペリー・バンドが出てくる。確実に3人くらいは殺してるよね、あの人と黒人の容姿について無責任な発言、そして談笑を行っていると、齢80近いおじいちゃんが現れ大歓声が起こる。2011フジロック同様、今回で見れるの最後かもよ、という囁きが周囲で広がる。リー・ペリーは自分が見世物になっていることをわかりきった動きをしてくれるので、ほんとにエンターテイナーだなあ、と感動をしてみせる。「ガンジャ・フリーダム!」と叫ぶのとかね。

リー・ペリーに興奮して、天国ビールをさらに飲みたくなり、お替りに向かうと、フェス友達のアサミから連絡来てるので合流し、しらふな彼女のうらやましい私生活の話などを聞いて楽しくなる。鉢巻きの人ミクさんや、ベビーフェイス君などと交えてわいわい話せばリー・ペリーも終わりそれではまた明日ーとお別れをし、タイセイらと合流する。キャンプサイトであるふもとっぱらに戻り、タイセイ自慢のキャンプセットにより焚き木をして、火を囲みながらフジロック恒例のタカシの怖い話。もう何度聞いたかわからないその話を聞くと、なぜだかまたフラッシュバック・メモリーズするのだ。2時間くらい焚き火を囲んで、談笑すれば暖かい毛布にくるまれ、快適に眠るだろう。

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