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ヴィム・ヴェンダース。そのシネアストは僕にとってずっと特別な存在だった。

僕たちのような、映画の魅力に囚われてしまった人種というのは、みな、どこかで自分の「人生を変える映画」と出会っている。お互いが映画好きだわかると、自己紹介がてら、あるいは話題が尽きかけたとき、その映画は何だったという話になる。たとえばウディ・アレンの『アニー・ホール』、スピルバーグの『ジュラシック・パーク』、あるいはトリュフォーの『大人は判ってくれない』が、皆のそれであるように、僕の「人生を変える映画」は、ヴェンダースの『パリ、テキサス』だった。息子、ハンター君が、T字路で「右だよ」と言ったときから、僕はすっかり映画の魔力にやられてしまった。

『パリ・テキサス』は、ビデオでも、数少ない劇場上映でも、中学生でほとんどお小遣いなんてない時分、それでも観られる機会があれば駆けつけたし、ヴェンダースの他の映画も貪るように観た。『ベルリン天使の詩』『アメリカの友人』『都会のアリス』、決して孤独ではない彼のロード・ムーヴィーに夢中になった。ヴェンダースの『東京画』を観て、小津のことを初めて知ったくらいなので、彼は僕の映画の先生でもあったのだろう。

しかしヴェンダースの長い旅にも終りが来る。5カ国でロケが行われ、近未来ロードムーヴィーと歌った『夢の涯てまでも』以降、テクノロジーに埋没する。それまでヴィデオでしか見れなかった彼の映画を、ようやく同時代的に、劇場で観ることができた『ミリオンダラー・ホテル』はしかし、僕が一方的に憧れつづけたヴェンダースではなかった。その後、『ランド・オブ・プレンティ』という短時間で撮り上げた小作は悪くなかったが、『アメリカ、家族のいる風景』で、僕は、かつて最も愛した彼を追うことを止めた。

 

新作公開も、劇場に向かうこともしなくなった僕だが、約7年ぶりに彼の映画を観ることになった。観ている途中からほとんど涙が止まらなかった。僕は、『パリ・テキサス』以降のヴェンダース作品において、これほど心を揺さぶられたことはなかった。

この映画において、ヴェンダースは、自身を、主人公の写真家フィン(カンピーノ)に投影する。ヴェンダースがそうであったように、この主人公フィンは、テクノロジーに囚われ、次第に凋落していく自分に気づいている。

ヴェンダース×フィンに留めを差すのは、かつてのヴェンダースと共に素晴らしいロード・ムーヴィーを作り上げたデニス・ホッパーだ。死神として登場した彼の弓に撃たれキャメラ×カメラは、二度と撮れない状態になる。さらに、ヴェンダースは、デニス・ホッパーに「デジタルは実在しないことと同じだ」と言わせてみせる。フィルムで撮り上げながら、デジタル加工を躊躇なく施したこの映画においてだ。

そう、『パレルモ・シューティング』はヴェンダースの遺書である。彼は、自身の遺書を、紙ではなく、愛したフィルムに彫った。ヴェンダースはこの映画で一度死ぬことを選んだのだ。

しかし、そのラストシーンはどうしたって明るい。フィンの表情を観るかぎり、俺はまた、生まれ変わる、という決意のようにも見えるのである。

パレルモ・シューティング DVD

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