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ほとんど一刻を争う闘いに敗れた私は、最終電車を逃し、新橋駅前で路頭に迷う。金曜の夜。手元のスマートフォンから、クラベリアのアプリを起動し、狙いを定め、レイヤに連絡をする。いまからクラブに行かないか。彼は二つ返事で快諾する。私はJR線の改札を離れ、銀座線へ向かう。幡ヶ谷ヘビーシックへ。

幡ヶ谷ヘビーシック。あれは、大学4年の10月頃だったろうか。少しずつ肌寒くなり、ついその日にコートをタンスから引っ張り出してきたことを覚えている。高校の頃から、お互いに告ったり、告られたりし合うも、丁度彼氏がいたり彼女がいたりを繰り返す、とても気のおけない女性とデートをしていた夜のことだ。そのときも、私は、2度目の告白を彼女に行ったところ、外人の彼氏ができた、と告げられ、やけ酒を一緒にしようと彼女を誘う。(最近会った際にそのアイルランド人の彼と結婚が決まったと報告を受けた)

すっかり酩酊していた私に一通のメールが入る。三宅唱からだ。いまから踊りに行こう、幡ヶ谷へ。社会人一年目、幡ヶ谷に住む方と付き合ったため、その後、何度も通うことになる幡ヶ谷駅へ、初めて降り立ったのはこのときである。それまでロック系のクラブばかりに通っていた僕にとって、ジャジーなヒップホップのかかるそのクラブは随分とかっこよく見えた。「大人のクラブ」に対する緊張があったことも覚えている。その後、ルームシェア時代を経て私はヒップホップばかり聞くようになる。VJはしょーくん。サーク、フォード、トニスコ、ゴダール、オリヴェイラの映画を勝手にマッシュアップした映像も、いまだに強い印象が残っている。僕たちはいつだって思い出ヘビーシックだ。

それから6年たった。幡ヶ谷にはそういう事情で随分と明るくなった。3年ぶりのその街も大した変貌を見せていない。ヘビーシックへ向かって気づいた。今日の会場は、中野ヘビーシックゼロだった、と。レイヤと笑い転げて、中野まで歩こうかという話も上がったが、今日はふたりで飲むことにする。少し懐かしい気分になった私たちは、ビリヤードでもやろうか、とタクシーに乗り込んだ。断水していてトイレが使えませんが、それでも良ければと案内されたビリヤードバーで、私たちはダーツに興じた。ほんのワンゲームのつもりだったが、2時間半ダーツを投げ続け、疲労の果てに明大前の彼の家に向かった。
時刻は朝4時。家では、レイヤの兄ちゃんのケンヤを中心に、ヒロくん、ショータ、ヒロキ、ジェレ、まみさん、タエ、みかちゃんらで宴会は続いている。僕以外みんな関西人というこのパーティー会場に、私は、やはり、どうしたってルームシェアをしていた湘南台での夜々が想起され、ほとんど笑いながら、涙を流す。ヒロくんが「進撃の男前」という話をする。うわ、水島ヒロ型が壁を登ってきた!とか、最終話は速水もこみち型で、男前と感じるかどうか人による、といったところで起きる笑いにまぎれ、涙を隠そうと必死に振る舞うのだ。

翌朝目が覚め、仕事に向かう。12月頭に大規模リリースが控え、私は土曜にもかかわらず、会社に向かうことになる。18時ごろ、仕事を切り上げ、山手線で1駅だけ移動する。今年も東京フィルメックスが始まる。有楽町朝日ホール。別名、最悪の上映環境。そこで傑作と名高いジャ・ジャンクーの『罪の手ざわり』を観るなんて、愚かなことはしない。ここを逃すと、観ることのできない可能性すらある作品だけを選択する。だから、マフマルバフの『微笑み絶やさず』から、私のフィルメックスは始まる。まさに、映画祭の始まりにふさわしいプログラムだ。かつてアンリ・ラングロワに憧れた私は、いまキム・ドンホに敬意を払わなければならないことを知る。空席の目立つフィルメックスと比較して、華々しく盛り上がる釜山国際映画祭の姿を見れば、彼の偉大さに誰もが気づくだろう。

次に観た『若さ』は決して悪くない。唇と足、性的に転ぶか、転ばないかの微妙な描写や、女を解放してからの切り返しなど、見事、と言いたくなる。しかし、そのタイトルと地下室というロケーションから、ベルトルッチの『孤独な天使たち』を思い浮かべてしまう。比べる私が悪いことはわかっているのだが、やはり、ベルトルッチの最高傑作であり、青春映画の金字塔の凄さを実感するばかりである。
スキー旅行に行っているはずだった彼が、1週間という終わりが必ず来ることと同様に、『若さ』のヤキも出兵への期限があったのではないか。だからこそ、女を解放せざるをえなかったのではないか。青春映画のゲームの規則、すなわち、終わりがあるからこそ美しい、を見事に体現しているとは言い難い。あるいはロケーションをもっと魅力的に撮り上げることはできなかったろうか。まるでドラえもんのポケットのような、映画装置が全てそこに詰まった地下室、ベルトルッチはその場を作り上げたように。

ロケーションという言葉で思い出す。今年、『孤独な天使たち』の地下室を超えるロケーション、ローザンヌ・ロレックス・センターを舞台にした、『ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム』(ラリユー兄弟)について、このブログで一言も触れられていないことをずっと引きずっている。壁のない設計、婉曲した迷路のような構造、人と人がすれ違う、ただの偶然のはずだったその行為が全てサスペンスに昇華する。
映画はロケーションだ。そして地の利を最大に活かす演出力だ。他の誰に言われても、簡単に頷くことは難しいその断定は、しかしラリユー兄弟のこの傑作を前にしたら、誰にも否定はできないだろう。

もはや、フィルメックスも始まってしまった今、東京国際映画祭について、書くこともどうだろうか。しかし、一言だけでも、と思うのは、「ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム」という映画のせいで、それはもうどう考えたって筆舌しがたい感動に包まれていた。あの、婉曲した大スクリーンで、一瞬足りとも、気の抜けないショット・ショット・ショットに満ちたラリユー兄弟の映画が観れただけで、私は、本当に、バカみたいな話だけど、生きててよかった、映画を愛していて良かった、なんて思ってしまうのだ。これがラストショットだ、と確信してやまないラスト前ショット(つまり私の確信は簡単に裏切られる)、マイウェンのショットは、映画史100年の歴史で最も美しいショットのひとつだろう。
今年、私にとって最も大事な作品となったのは「ラブ三部作」だ、と声高に叫びたい。『グッバイ・ファーストラブ』、『ラブバトル』、そして『ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム』だと。

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