「diary」カテゴリーアーカイブ

8月、シング・ストリート、ポケモンGO

シンガポールでもついに「ポケモンGO」が始まったという話をFBお友達の方のフィードで知った。
日本に帰ったときに、リクルートの大好きな方々と夜飲んでそれはそれは最高の夜だったのだけれど、みんなポケモンGOやっていて、いい年した大人がそれはどうなのよ、苦笑という反応をしていたのだけれど、まあ、それでも触りもせずに否定意見ばかりを述べるような若き老害のような態度は辞めておきましょう、と私は携帯にそれを入れておいた。

ラオス旅からのマレーシアの出張を終えて、約1週間ぶりに金夜シンガポールに帰ってくる。すると空港で誰の携帯もポケモンの画面になっていて、ひゃあ!シンガポールの経済発展も終わりだ!と驚いたものだ。

今調べてみると、ポケモンGO提供会社のNianticは任天堂やらフジテレビやら日本資本の会社がいっぱい入っているようなので、世界経済を悪化させた上に、日本にお金が流れるという仕組みはあれだね、なかなか好都合だし、歓迎すべきことだねと私の中の愛国心君が顔を出した。さあもっとポケモンにおぼれればいいさ!

ドがつくほどポケモン世代ど真ん中の私はといえば、小学4,5年生のころなんかポケモンやってた記憶かたまごっちやってた記憶か秘密基地作って記憶しかないのだけれど、どうもポケモンGOはそこまで面白さがわからなそうであったので、安心を隠せない。私にはやられなければならない使命があるのだ!

ただ、少し想像はしていたのだけれど、我が家の広大な敷地内には、ポケストップが5つもあったので、ポケモンマスターになるには最適な環境であるだろうし、これは知る人が知れば恨まれるぞと夜道に気を付けようと決意をした。(なお私の部屋からはそれらのポケストップにはアクセス不可能なので、ご安心ください。)

さて、ポケモンの話はこのくらいにして、Kindle Unlimitedさまさまで、金夜は夜更かししたため、土曜日に起きると10時頃となっており、さらに続きを、とばかりにKindle Unlimitedが再開され、気づくと12時を迎えていた。

お腹が空いてきて冷蔵庫を除くと、1週間ぶりのおうちだったので、酒類と危うい人参しかなく、これはこれはと出かける準備を始めた。

バスの中でも周囲がPokemon教に取りつかれている姿を横目に、ラオス旅で読み終わらなかったディックの『流れよ我が涙、と警官は言った』を読みながら大層面白いなあと思いながら、しかし絶対一回読んだことある気がする、という疑心暗鬼にかられる。しかしまったく結末が思い出せないので、ああ面白いわと読み続ける。

私は中学生のときの卒業アルバムに、一番好きな作家の欄に「フィリップ・K・ディック」と書く残念な青春を送ったため、彼の書籍を古本屋で見つけるたびに購入し、その結果30冊ほど持っており、正直どれを読んで読んでないかが全くわからなくなっているのだ。

さて、オーチャードについたので両替などを済ませ、いつもの週末同様ラッキープラザのラッキーチキンでチキンライスを食べ、いつもの週末同様映画館へ向かい『Nerve』を見ようとする。チケットカウンターに向かうと、なんと『シング・ストリート』がやっているという。

『シング・ストリート』は私が日本出張をしていた間に唯一映画館でどうしても見たい、と土曜夜にチネチッタに向かった映画で、現在の私の心のベスト10第1位である『はじまりのうた』のジョン・カーニーさんの新作なのだけれど、もうとんでもなく良かったので、もう1度見たい!と思っていて、シンガポールの映画サイトで調べたらもう上映終了となっていて残念だなあと思っていたところだったので、なんと!と狂喜した。

そのため同劇場で15時からの『Nerve』と19時15分からの『シング・ストリート』のチケットを購入し、大変ワクワクした。
『Nerve』は現代的な映像で想像よりずっと面白く、ただソーシャルゲーム怖い!と思わされ、ポケモンGOをもうアンストールしよう決意させてもらえたので、私の人生にとって、とても有意義な映画になっただろう。「有意義な映画」なんてこれまで見た数千本?の映画の中でも1本も思い当たらないので、人生で1番価値があったかもしれない。あ、言い過ぎだ。

Nerve

さて『シング・ストリート』なのだけど、友人と見る前にやるんだって!とその話をした際に、彼はジョン・カーニーの前作の『Once ダブリンの街角で』は本当にダメだったよね、そのため『はじまりのうた』はまぐれの一本で、『シング・ストリート』も疑っているよという態度を表明していた。

実際、私も『Once ダブリンの街角で』はあの最低な演出をされた映画を評価する人の気持ちがわからないという同様の意見を持っているのだけれど、まぐれでは『はじまりのうた』のような映画は撮れない、実力のはずだという態度を表明しており、しかし『シング・ストリート』の予告編は全然良くなかったので不安感はあったものだ。そういうことなので、『シング・ストリート』はとても良かったので、本当に二重の意味でも安心をした。

sing street

『はじまりのうた』を愛した人であればだれでも、その愛おしいいくつかのシーンを想起するだろう。
それは初めての路上MV撮影であり、夜の街の2人乗りの自転車であったり、あるいは部屋で2人で新曲「UP」を作っていたかと思ったらメンバーが突然あらわれるあの素晴らしい長回しもそうだろう。極めつけは、ジョン・カーニーの得意技、夢を見させる幻想マジック、理想と現実の乖離をバッキバキの演出で描く「Drive it like you stole it」のMV撮影シーン。もうやっぱりあそこ号泣ポイントで予想通り号泣。

何かやりたかったけどやれていなかったことを始めようと強く決意させ、行動させるのに十分な力を持っている映画だ。
ありがたいことに、ここ3,4年はもう自分のやりたいことをほとんどやりたいようにやらせてもらっているので、私はこの映画に触発されて突如世界一周航空券を購入したりはしないのだが、特に毎日悶々と鬱屈していた高校生のときとかだったら、やばかった。少なくともバンドは始めていた。

県下トップの高校に入り、周りのやつは頭はいいけど真面目で物足りなく、スピルバーグが監督で、ディック原作の『マイノリティ・リポート』が映画館でやるってのに、誰も映画館に行かないような高校だった。好きなバンドはゆずとミスチルと答える人ばかりだった。
唯一心を許せる親友ばかりと毎日つるみ、毎晩のようにレンタル屋へ通い周りは誰も知らない映画や音楽を漁り、俺らは他の奴らとは違うんだと言い聞かせた毎日。
そうだな、きっとバンドを始めたくても、『シング・ストリート』とは違い、きっとメンバーを見つけられなかったかもしれない。

大学入って以降は今にいたるまで、不思議なくらい、僕なんかよりずっとぶっ飛んだ人たちと出会えて、彼ら彼女らのおかげで素晴らしい人生を送れているので、余裕を持ってこの映画も見れるのだけれども、「This is your life you can go anywhere」と言ったと思えば、「今行かないと一生お前はどこへも行けないぞ」と煽るアダム・レヴィーンの「Go Now」も見る人が見れば、とても残酷にもなりうる映画なのかもしれない。

でもいまの私はこの映画を好きで好きで仕方ないし、ああそのまま年始より更新を怠っていたこちらのブログを更新しようと思わされる。でもやっぱりバンドやっていなかったことだけは後悔!

では最後に「Drive it like you stole it」でお別れ!

「はじまりのうた」についてはこちら

シング・ストリート 未来へのうた

2015年映画、ベスト

皆様、あけましておめでとうございます。今年は3年ぶりに日本で年越ししました!渋谷の居酒屋でみんなで`飲んだり喋ってる間に2016年を迎えていて、カウントダウンしそこないました。笑

さて、毎年のように、今年もずっとよりよく生きるには、ということをばかり考えて、悩んで、苦闘してばかりいた一年だった。ついに30才になった。ほんといい30年だった。
大きな変化がいくつかあったが、一番大きなものは、やはりシンガポールに住み始めたことだろう。

かつて40カ国旅をしたし、2か月間海外で生活することも何度か経験した。しかし帰る場所がある旅と、そこに住むということは全く違うのだということを実感した。年末年始に日本帰った時のほっとした感覚とかが異常で、成田空港でて寒い外気に触れた瞬間に気持ち良すぎて泣けてきたりして自分で引いた。

毎日苦しんだり悩んだりしてます。それは言葉の壁だったり、文化の違いだったり、ふつうに人恋しさだったりw。

でもリクルートのときとか、そのあとのベンチャーとかも辛いことしんどいこといっぱいあったし、で乗り越えた経験も、その気持ちよさも知ってるし、余裕だろ俺、もっと頑張れよと、自分をいきりたててただ前に進もうと、頑張ってます。

まあちょっと人恋しさだけはダメですね。日本で友人やらとかに会っちゃうとダメです。みんなのことが大好きなんだよなと。でも、なまじみんなと遊ぶことできないから、自分を高めることに集中できるのはいい環境だと思ってやってますが。

そんな中、今年私がもっとも愛した映画たち10本。好きだった順。

1.『ハッピーアワー』(濱口竜介、日本)
happy-hour-jpeg

2.『岸辺の旅』(黒沢清、日本)
kishibe

3.『山河ノスタルジア』(ジャ・ジャンク―、中国)
sanga

4.『Right Now,Wrong Then/ 今は正しくあの時は間違い』 (ホン・サンス、韓国)
RightNowWrongThen

5.『THE COCKPIT』(三宅唱、日本)
cockpit

6.『Mommy/マミー』(グサヴィエ・ドラン、カナダ)
mommy

7.『The Martian/オデッセイ』(リドリー・スコット、アメリカ)
matian

8.『夏をゆく人々』(アリーチェ・ロルヴァルケル、イタリア)
natsuwo

9.『二重生活』(ロウ・イエ、中国)
nijuu

10.『シェフ 3ツ星フードトラック始めました』(ジョン・ファブロー、アメリカ)
CHEF

今年観た映画は全部で75本。ほぼ映画館。月別にみると、海外転勤が決まってからの、2か月間、9月~10月がほぼ壊滅的に見ていないので、その期間もペース崩さなければ、今年も100本くらいいけたかなという印象。

2015年観た映画全星取りはこちら

なお、『はじまりのうた』は今年だけで4回観た(毎週1回は映画館に行っていた。笑)が、初回を昨年に観ており、昨年のベスト10の1位にいれているので、今年のランキングからは除外している。また、観ていれば間違いなくベスト10入りするであろう、アルノー・デプレシャンの新作『あの頃エッフェル塔の下で』は年末年始日本に帰国したときに観たかったのだが、予定が調整できず未見。評判の良さそうな『恋人たち』(橋口亮輔)も未見。

1位は『ハッピーアワー』
私はどうやら、2006年からブログを始めたようで、つまり映画ベスト10を作りはじめて、丁度10年が経ったが、1位について一切迷わず、この映画しかありえないと言い切れることは初めて。『ハッピーアワー』以外ありえない。5時間見続けて、ずっと見ていたいと思えるなんて、私のこれまでの映画体験と地続きでないような、もう別次元の映画。

年末に日本に帰った際に、代官山のクラフトビール屋で早い時間から友人と飲んでて、もうハッピーアワーの話をしているときのあの幸福感といったら。二人とも思い出して嬉し涙を目に浮かべるという気持ち悪い場ですわ。まだ見てない人はぜひ、てかこの映画見ずにベストとか言ってんじゃねえよ!余計なお世話だけど。

以前書いた感想はこちら

2位は黒沢清の新作。
この映画を見たときに、ちょうど死についてや、結婚とは、なんてことを考えていたので、とてつもなくアクチュアリティを感じた。全シーンを自分の人生に置き換えて見ていた。望んでという意味ではなく、人はどこかのタイミングで突然死ぬ可能性を持つ。映画の中の暴力夫のように、風邪をこじらせるかもしれない、天災にたまたま当たるかもしれない。

僕は、飛行機に乗るたびに、ああそうか今回だったかと思う。その度に私は、今だったら綺麗に死ぬことはできるだろうか、と思う。一度も、うんと言えたことはない。いま死んで後悔とかそういう話でなく後味の問題。

映画を見ながら、そうか死ぬこととと人を愛することは表裏なのか、死ぬための準備として愛するのか、と一瞬考えも過ったが、ちょっとまだ結論出すには早そうだ。

3位-6位はほぼ同列で、ただアジア映画をすべて5位までを埋め尽くすという偉業を達成したく、この順位。昨年のランキングが10本中アメリカ映画9本だったのに対して今年と言ったら!濱口竜介、三宅唱、黒沢清、ホン・サンス、ジャ・ジャンクーの新作が同じ年に観れるなんて幸せなことあっていいのかしら!

『山河ノスタルジア』はジャ・ジャンクーの最高傑作でしょう。ホウ・シャオシェンの『百年恋歌』のスーチーじゃなくて、チャオ・タオ版みたいな。でもやっぱこうゆう三部作だと、最後の近未来的なやつが好きなんだよなー。実の親父と言語の壁で会話できない息子の姿に号泣。

ホン・サンスの新作は究極のアイドル映画。ずっとキム・ミニちゃんの一挙一動にドキドキしつづけた。どタイプです!!ホン・サンス映画は毎回同じように繰り返しのシーンばっかりで始めてみたときこそ新鮮だったけど、なんなんだろうね。笑  その作家主義、成り立つと思ってんの、とか思っちゃうけど、なんでか好きなんだなー、ホン・サンス。理由は自分でももはやわかりません。

2015を代表する映画が『ハッピーアワー』なら音楽はOMSB!三宅唱とOMSBの共演はもう僕らにとってこの上ない喜びといえるのではないか。とにかく楽しいときでも、つらいときでも、Think Good!と自分に言い聞かせつづけた。

だんだん感想が雑になっていくけど、『Mommy/マミー』は誰が何と言おうと私は大好きです。たぶん去年一番泣いた映画。『オデッセイ』、リドリー・スコット、汚名返上とは別に思わないけど。マット・デイモンが最高なのよね。超勇気と元気もらった。オデッセイの感想はこちら。

『夏をゆく人々』ただただ美しかった。『ミツバチのささやき』現代版のような素晴らしい映画(あ、それ、家族で蜂蜜売ってるから思ったのか・・でもそんな感じ)『二重生活』、よくこんな映画作った。二つの家庭とか恐怖ですよ、すげえわ。『シェフ』はこんな映画全員好きでしょう!おなかすいてくるけど。

入れようか最後まで迷った次点群
『私たちのハァハァ』(松居大悟、日本)
haahaa
中学生とか高校生がストラグルする、それだけで映画って素晴らしいよね、という信条があって毎年一本は入るのだけど、今年はこれかな。ぎり11位。ああ泣いた泣いた。他の観客はクリープハイプ好きの女子高生とかばかりだったけど。

『CAROL/キャロル』(トッド・へインズ、アメリカ・イギリス)
carol
主演女優賞はこの映画のケイト・ブランシェットとルーニー・マーラの2人に!ルーニー・マーラの顔は世界で一番好きな顔のひとり。

『The End Of The Tour』(ジェームス・ボンソルト、アメリカ)
the-end-of-the-tour
地味すぎて日本公開はされなそうだけど、次に大いに期待したい監督。ジェシー・アイゼンバーグの居心地の悪さが最高。次回作がエマ・ワトソン主演で決まっているそうなので、とても楽しみにしたい。

中学生のとき、初めてスピルバーグの映画を見てから、僕の生活は映画とともに。May the Movie be with me.今年も生活と映画を楽しんでいきたいと思います。ではまた!

2015年観た映画全星取りはこちら

昨年までのベスト

2014年映画ベスト
2013年映画ベスト
2012年映画ベスト

ハッピーアワー(濱口竜介)

濱口竜介という名前を考えると、まずある友人のことを頭に浮かぶ。よく煙草を吸う彼は、近ごろは3・4か月に1度ほどだろうか、居酒屋やカフェバー的なお店で定期的にわりと長時間飲むような友人だ。

2年ほど前だろうか、彼はある映画を見たと言う。よほどに気に入ったようで、居酒屋で席に着いた途端に映画について語り出すだろう。あのシーンでこの2人はこのように座っていて、ここでカメラが切り返されるんだよ、そしたら真正面から役者を捉えてさ、などと映画を観てもいない僕にとっては全く理解できない話を延々と続けてくる。正直はいはいとしか言いようはないのだが、それでもここまで嬉しそうに1本の映画を語る彼はあまり見たことがなかった(ウディ・アレンの『アニー・ホール』についてくらいか)ので、なんだか僕も嬉しくなったことを覚えている。彼はその後もほとんど毎回のように同じ映画の話を繰り返すのだ。

その映画こそが濱口竜介の『親密さ』だった。

happyhour

そしていま僕は当時の彼と同じ心境にいるだろう。シンガポール国際映画祭で彼の新作『ハッピーアワー』を観終わってから、友人やら知り合いやらにこぞってLINEやSNSを使い『ハッピーアワー』の凄さについて語り続けている。たとえそれが相互理解が全く得られない一方的なものだったとしても、濱口映画は観た後に語りたくなる衝動に駆られるのだ。
だから、この場でも少しだけ僕の記憶を辿りながら映画について語ってみよう。

当日、僕は体調は万全とは程遠かった。数日前から咳が止まらず、睡眠もとれないほどに苦しんでいた。その上、会場までの道は混雑し、到着は上映開始の5分前、晩飯も抜きで19時~1時の上映に挑むことになった。
ただでさえ近年は2時間映画でもしんどくて、90分を超えたあたりで、あと何分くらいかなと思うことも増えてきていた。正直5時間17分を耐えられるとは思っていなかった(知らなかった人のために、そう、この映画は5時間17分もある!)

映画が始まりしばらくたつと、とそんな心配をしていた自分がおろかしく思えてくる。「重心」と名づけられたワークショップのシーンの途中からだろうか、これまで映画を見ているときに感じたことのない感覚を覚えていることに気付く。まるでスクリーンと自分の間にカメラがなくなっていくような感覚。目の前の人は役者であるが役者でなく、自分の思ったままに反応し、驚き、感想を言っているのではないかという錯覚。と思ったら突如、ある女性の言葉で空気は一瞬で変わり、劇映画は劇映画に戻っていく。わっと声をあげて驚く。

そこから僕はもうすっかり映画の虜だ。ただ前のめりに、初めて映画を見たときのように、画面に見入ってしまう。1時間半に1度はさまれる休憩のたびにこの時間に終わりが近づいていることが悲しくてしょうがなかった。いつまでだってこの幸せな時間が続いてほしかった。

happyhour2

日本の社会問題という大きなテーマの中で必死にもがく人と、彼/彼女を望まれているかどうかは別とし関わろうとする周囲。
認識、認知。人は自分の近しい人のことをどこまで理解できるのか、成り替われるのか。夫婦であれば、親子であれば、職場の同僚であれば、同じ性同士の長い友情があれば可能性を信じて踏み込んでも良いのか、自分の思いは伝えない方が良いのか、それとも最初から理解すること/されることを諦めるべきなのか。

その中で必死にもがくみんなの顔がとにかくいい。
ワークショップのあとの飲み会でウカイさんの眉毛を釣り上げる仕草が大好きだ。ノセさんが自分の意見を言うときの顔が好きだし、それを聞いて、つい楽しくなってくるジュンの旦那の表情がもっと好きだ。桜子が中学生で彼女を妊娠させた息子をビンタする時の表情が好きだし、説教するときの旦那も、自転車で母親の隣を歩く息子も好きだ。

なんて、挙げていこうとするときりがなかったので、これ以降は個別の場で語ることにしようと思う。
望むならば、この映画について双方向に話を出来る人がひとりでも多い方が良い。日本での公開はこれから、少しでも多くの人に見てもらえればと思うのだ。

ハッピーアワー公式サイトはこちら
2015年12月より日本順次公開

RE:LIFE 生活を取り戻す

長らくホテル住まいで、1ヶ月だから本当に長らくと言う印象なのだけど、今朝ようやく段取りを終えて新居に入居できた。最後までオーナーが印を押すとか押さないとか、入居当日まで家に本当に住めるのかわからないことは、ひどくストレスフルだった。日本では味わえない、異国の地の商習慣にゲンナリした。

物件の最終確認やらで一時間近くのやり取りを経てようやく新居でひとりになったときの安堵感。
長く住んでいたわけでもないのに、落ち着きを得られること、家を決めるということはこういうものなのかもしれない。
1ヶ月も同じホテルに泊まったことはなかったが、ホテルは最後まで他人の部屋でしかなかった。

ここよりももっとアクセスのいい物件はあった。けど、生活のイメージを一番感じたのはここだった。
コンドミニアムの敷地内にジムもプールもフットサルコートもある。カラオケやシアタールームまである。普通に買うと2億円するそうだ(そもそもシンガポールは不動産が異常に高いのだからだけど)
これまで住んできた家とは程遠い。けど言いえぬ落ち着きがあった。

昨晩、買い物から戻ってきた夜10時、遊具施設の芝生の山から子供たちがキャハハハといいながらゴロゴロ転がってきた。子供たちの笑顔を見て、僕も思わず顔がにやけた。最後まで迷ったけれど、ここにして良かったと思った。

interlace

さて、新居にひとり。部屋はがらんどうだ。
生活をイチから作っていこうと、コンドミニアムから出ているシャトルバスに乗って、走ること10分VIVOCITYというショッピングモールに行った。セントーサ島の入り口になっている新しい施設だ。

朝から水を飲んでいないことに気づいたのでスーパーを覗いてみる。大きい!奥まで見渡せないくらいだ。たぶんシンガポール1の大きさではないだろうか。これまで通っていたスーパーの5倍くらいは広い。

ここならと思い、探したら、やっぱりあった、自転車!
こっちの人は交通機関が安いからか、ただ暑いだけだからなのかわからないが自転車にほとんど乗らないらしい。でもせっかく自然がいっぱいのとこに住むのだから、と自転車は買おう、とお手頃な価格のものをいくつか試し乗り。同じ自転車をローカル版AMAZONのLAZADAを見ると、30ドルくらいネットのが安かった。日本とやってることは同じだな、とひとりごち笑う。そらそうだ、これは旅ではなくて生活だもの。

ベスト電器が入っていたので、携帯見たり、炊飯器見たり。プロモーションされているティファールの炊飯器を見ていたら陽気なオバチャン、ジェニファーが、これまじおすすめと言ってくる。半額近くになっていて、フライパンがサービスでついてきて、しかもジェニファーから買うとティファールの電気ケトルをつけてくれると言う。彼女曰く「Only me. Secret」だそうだ。

もう1軒の電気屋でも確認して、やはりジェニファーから買うのが良さそうと思ったので、戻り購入の意思を伝える。ジェニファーは数分前にも別のお客さんの成約を勝ち取っていたので、今日はホクホクだろう。彼女のボーナスなどに貢献するといいのだが。

スーパーで包丁などのキッチン用品や野菜や肉を買ったりしていたら大荷物になってしまったので一旦家に戻る。気づいたら夜の8時をまわっている。荷物をおいて、もう一度外へ。そういえばまだ布団すらないのだ。歩いて10分の所にあるIKEAへ。ベッドやマットレスは配送に最短で3,4日しかも時間指定不可で、午前10時~午後2時しか配送できないという。休日に受け取るしかなさそうと、しばらくはマットレスの上に敷く布団?みたいなものだけで寝ることを決める。

supermarket

大きな布団を背負って家に戻る。もう夜の11時だ。今日は忙しい日だった。買ったものを並べたら楽しくなってきた。

全く切れない包丁で料理。にんじんをみじん切りにしようと思ったがこの包丁では1日かかりそうだ。急遽ざく切りに変更し、ティファールの炊飯器でご飯を炊く。しまったジャスミンライスをジャパニーズライスモードで炊いてしまった。出来上がりが心配だったがまあまあいける。友達たちから餞別にもらった味噌汁がうますぎて泣けてきてしまった。

シンハーを開け、ひとり引っ越し祝い。
手探りだけど、こうしてひとつずつ生活を取り戻していくのだ。

1day

オデッセイ(リドリー・スコット、原題『The Martian』)

Facebookとかでは、報告してましたが、2週間前からシンガポールに転勤になりました。
土日がいい感じに暇なので、1年近くぶりにブログを書こうと思い立ちました。皆様お元気でしょうか。

僕はすっかり元の生活取り戻してきたというか、つまりシンガポール来て2週間とかで、すでに4本映画を映画館で見ているということなのだけど、こっちは1本1,100円とかで観れて、映画前にあたふたして、チケットショップ探さなくてもよくてとても嬉しい。しかも平日だと更に安くて、一回仕事終わりに行ったら700円とかで見れて、すげー最高と思った。365日毎日見ても30万円いかない!

唯一にして最大の問題はもう言語だけで、英語やっぱ相当厳しいというか、特に映画で使われるウィットに富んだ発言?観客からドヨドヨと笑いが起こるようなシーンは特に難しく、僕以外みんなそっち側なのね、というあれほどさびしいものはないっす。
ただ、我ながら映画好きってすごいなーと思うんだけど、もう言語50%くらいしかわからなくても、スクリーンで俳優が動いてるだけで、めちゃくちゃ感動できちゃうし、話もほぼ経験則的に掴めてしまうという謎の見方を楽しんでます。

あととてもいいのが日本公開未定のやつとかが、ほぼ全米公開と同時で見れるのがとてもいい。

たとえば観たやつは
『The Intern』(マイ・インターン)
『Burnt』(10/30全米公開、日本公開未定)
『Miss You Already』(11/6全米公開、日本公開未定)

とかなんだけど、『Burnt』とかブラッドリー・クーパーがぶち切れシェフ演じるの再生物語とかで超泣いたし、
『Miss You Already』とかドリュー・バリモア!!とトニ・コレットの女友情物語とかでとかもう超泣いた。ドリューバリモアの出る映画はほんとはずれないっすね。

mya

さてそんな感じで今日は何しようかなーとFacebook眺めてたら、
友人が『火星の人』という小説読んでて超面白い映画楽しみというようなことが書かれていて、『オデッセイ』という映画のリンクが貼られていて、ほうほうと思って、一瞬ではいま劇場でやってる『The Martin』と一致しなかったのだけど、マット・デイモンのジャケ見ておおこれかとなったのだけど、監督リドリー・スコットとあって、一気に興ざめというか、リドリー・スコットが面白い映画なんて撮れるわけないと思っているところはあったのだけど、僕はその友人のリコメンドを絶大に信頼しているので、チケットをポチっとして、ドービーゴートという駅にある映画館へ向かう。

odessey

全然話知らなかったのだけど、どうやらデイモンは火星探索のクルーの一人で、冒頭からいきなり事故っちゃって火星にひとりで置いてかれちゃって、またかよwwwと突っ込まざるをえない。確かインターステラーでも彼は火星かどこかにひとりで置いてかれてた気がするので、二年連続二回目。

でもインターステラーのマットデイモンとは大違いで、火星での彼は驚くほどのポジティブさで、超勇気もらった。
超さびしがり屋の僕なんかからしたら、火星に一人置いてきぼりとかそれさすがに無理っすわ、心境お察ししますわという感じなのだけど、もう彼は映画全編にわたってポジティブ。
時間あるし、俺植物の知識あるし、農場を作るかと決意して宇宙で芋を育ててみたり、ひとり大音量でディスコミュージックかけて踊ってみたり、デイモンまじ最高だわとなる。

1440081444_The-Martian-600x335

なんかいわゆるSF映画の定型文というか、パニック映画みたいなのはわりと普通だと思ってて、パニック、助かった、でまたパニック、助かった・・・ハッピーエンドというのが140分くらい続くのがいわゆるよくあるSFのあれとは大違いで、デイモンがポジティブに頑張る姿に超共感しまくるという感じですごく良かったです。

こっちの映画は一応中国語の字幕があることが多いんだけど、マット・デイモンが火星をロケットで飛立つぞというときに、「火星、再見」と字幕が出てきた瞬間の僕の号泣ぷりったらなかった。1年半も火星ひとりぼっちで再見なんて言えないよなーふつう、超強いわデイモン。ありがとうまじで、俺も頑張るよ、と強く決心した。

ポジティブに生きてると周りも変えられるんじゃないかというか、
彼ひとりのためだけに食料輸送のロケット飛ばそうとNASA全員で頑張ってみたり、まだ宇宙漂ってる元のクルーたちが彼を助けるためにもう2年間宇宙航行長くなるけどどうする、みたいな決断のときに、全員が即決でYesと言っちゃうとことか、そのあと即決したクルーに何勝手にやってんのと怒りつつしょうがないねという雰囲気出しちゃうクルーの奥さんとか、もう大好きですこの映画。
みんながこの映画観たらもっと世の中幸せになれんじゃないのと強く思うので、是非劇場に足を運んでみてください。

というわけで、『オデッセイ』は日本公開2016年2月13日です!ぜひ!
オデッセイ公式サイト

ハワイ雑感

とてもお久しぶりにブログ更新します。
今度こそ更新止めないって書くたびに言ってるのだけど、ホント今度こそ。
信頼は言葉ではなく行動で見せるもの。

てわけで、ちょっと前ですが、モアナ・サーフライダーにて妹の結婚式があって、ハワイに初めて行ったのでその雑感メモを書きます。ハワイ一人旅とかしてるの俺くらいだったのではないだろうか。レストランとか入るたびに、alone?と驚かれてた気がする。

Jamba Juice
日本未上陸のジュース屋さん。ハワイのあちこちにある。
これがとてつもない美味さで、毎日飲んでました。ハワイ行く方は絶対行ってほしいわ。
上場してたら確実に投資対象ですよ。

カウアイ島
行く前から多分オアフはつまらないんだろーなと思っていたので(予想外に良かった)、お隣のカウアイ島というところにすぐ移動した。
ここがもう最高に最高で、今まで40カ国ほど行ったのだけど、その中でもベスト5に入るくらいだなーと思ってます。
ちなみに他の4つは、ダマスカス(シリア)、パリ(フランス)、バンコク(タイ)、バリ(インドネシア)かな。

Airbnb
カウアイの旅がファンタスティックの域に達していたのは、Airbnbを使ったことによるところが大きい言えるんだろうなー。最高のホスト・ケーシイ、同時期に宿泊していたラナfromクロアチア、ニコfromオーストラリアとの出会いに心から感謝。やはり僕にとって旅&旅サービスというものは、大事なものだったりするので、Airbnbについてはまた書きます。

初左ハンドル、右側車線
オアフではノースショアやラニカイビーチとか行かなければ、大して必要ないと思うけれど、
カウアイでは、車なければ話にならないわけで。借りましたよレンタカー。初左ハンドル、右側車線。
最初超怖い。隣に人乗せてるのに、左側車線爆走してしまったし。

映画『Begin Again』(ジョン・カーニイ)
最近ある仕事で、世界の映画祭で評価されているが、日本への配給が決まっていない作品を漁っていた。
その中で、最も強い印象を受けたのがこの映画『Begin Again』。予告編を見て、どうしても見たいと思っていたのだが、なんとホノルルのお洒落SC、カハラモール内の映画館で上映中という奇跡。その後の予定全て変更してチケット買っちゃいました。$8くらい。アメリカ安いなー、住みたい。そして本作は今年ベストですよ、いまのところ。滂沱。キーラ・ナイトレー神がかってる。帰ってすぐ監督の前作の『ONCE/ダブリンの街角で』見て、こちらも良かったけど、その10倍は良かったなー。
絶対みんなに観てもらいたいという意識が久々に再燃。日本での配給決まってるのかしら、決まってなければ僕たち、なんとしても日本で公開したいと思う。
さて、作品については、また別に書きます。そう言って書かないことが多いけど、今回はちゃんと書きますよ。

ということで予告編でも見ながら、またね!

ウォールフラワーパーティー

wallflower
かつてバックパックを背負い、世界中の街々を非計画的に歩くのが好きだった私は、旅に出るたびに、iPodの「on-the-go」とやらの機能を使って、旅のマイプレイリストを作っていたものだ。そこに入っている他の曲はほとんど聞かなくなったが、大学卒業前、最後の長旅、ブルガリアで加えたイルリメの「トリミング」だけは別で、あれから6年も経つのに毎日のように聞き続けている。「見せておきたい景色がずっと募って 写真じゃ切り取りきれないから 話せば白々しくなるから 連れて行きたい気持ちになります」というリリックに当時の私はノックアウトされた。当時大好きだった彼女をおいて一人旅に出ていた自分の境遇を重ね、雪の降りつもる遠い街で涙したものだ。そのリリックは彼女へのエアメールで文中そのまま引用された。
旅には音楽と小説がつきもので、金原瑞人が訳すアメリカ青春小説なんかをバックパックに詰め込んで、名も知らぬカフェ、12時間もの長距離バスの中、ドミトリーのベッド、ほとんど観光もせず本を開いた。数冊の本はすぐに読み終えてしまうので、旅中に出会った日本人と交換する、なんてことをやっていたのだが、そのときにある寺の息子の青年と交換した一冊が『ウォールフラワー』だった。これがまた随分と面白くて、ラオスのカフェで甘ったらしい珈琲と手巻き煙草片手に読みふけったことを思いだす。その小説が映画化するというものだから、思い出を餌にして生きている僕としては映画館に駆けつけない理由なんぞ一つもない。
言うまでもなく『ウォールフラワー』はとびきりに最高で、「パーティーは止まらない、私の青春は終わりはしない」が口癖の私には、青春映画の代名詞のような作品にノックアウトされる。何がっていくつものパーティー、初めてのアルコールとドラッグ、愛すべき友人たち、そして大好きな女の子。エマ・ワトソンが今世紀最大の魅力的な女の子っぷりを披露してくれるのだ。クリスマスパーティーの夜。「チャーリーの初めてキスする人は、好きな人としてもらいたいから、今日は私は彼のことは忘れるわ」との台詞のあとに交わされるキスといったら!(しかもベッドの上!)
だから私の頭の中は「ウォールフラワーパーティー」をやりたいということばっかりで、三連休の初日の夜、新高円寺のマンションの一室で行われたのは、「ウォールフラワーパーティー」以外の何物でもなかっただろう。残念ながらエマ・ワトソンは不在だったのだけれど。
その夕方、『ゼロ・グラビティ』に随分と感動した私は、そこから新高円寺へと向かう。新高円寺駅のクイーンズ伊勢丹でスーパードライとよなよなエールと白ワインなんかを買い込み、スーパードライを飲みながら寒空の下を10分弱歩くだろう。そのマンションの階段の電球は切れ、私は突然の恐怖体験におののきながらも、なんとか3階のモリシーとユカちゃんとカレンの住む家へと到着する。夏、葉山ビーチパーティー以来の彼らとの再会に喜び、ハグなんかを交わす。しばらく経てば、やいちゃんとフルノさんもやってくるだろう。それだけ人が入ればいっぱいのワンルームでわたしたちに許された特別な時間は始まるのだ。60コもの餃子とビールとハムとベーコンをたっぷり入れた焼きそば。iTunesシャッフルで「朝が来るまで終わることのないダンスを」がかかれば、そこはクラブへと変化する。
誰かが電気を消せ、ミラーボールを用意しろと言う。フルノさんが答え部屋の電気を消し、iPhoneでライトを点滅させる。クラブだ!クラブだ!と叫ぶ!ベッドで飛び跳ね、全身を揺らし、踊る。どこからかテキーラも登場し、より一層酔いを加速させる。DJモリシー、DJフルノ、DJダイチが順繰りに選曲する。「みんな泣きながら踊りたいかー?」「イェーイ」のコール&レスポンスで「Rollin’ Rollin’」なんてかかる。ベタすぎーとヤジが飛ぶ。やけのはらのラップを真似なんかする。口々にハッピーニューイアー!とハグを交わす。愛する人たちがそばにいれば他に何もいらない、と私は思う。かつて、中学のとき、映画や音楽だけを愛し、ひとりで生きていけると確信していた私は、ここにはいない。決して多くはなくとも、こんなに素敵な夜を一緒に過ごすことができる友人たちが何人かいる。青春映画が美しいのは必ず終わりが来るからだとしたら、僕の人生は映画よりもだいぶ素晴らしいってことだ。そう、パーティーは止まらないし、私の青春は終わりはしない。メリークリスマス!
ウォールフラワー (集英社文庫)

11月、フィルメックス、思い出ヘビーシック。

kodokunatenshitachi

ほとんど一刻を争う闘いに敗れた私は、最終電車を逃し、新橋駅前で路頭に迷う。金曜の夜。手元のスマートフォンから、クラベリアのアプリを起動し、狙いを定め、レイヤに連絡をする。いまからクラブに行かないか。彼は二つ返事で快諾する。私はJR線の改札を離れ、銀座線へ向かう。幡ヶ谷ヘビーシックへ。

幡ヶ谷ヘビーシック。あれは、大学4年の10月頃だったろうか。少しずつ肌寒くなり、ついその日にコートをタンスから引っ張り出してきたことを覚えている。高校の頃から、お互いに告ったり、告られたりし合うも、丁度彼氏がいたり彼女がいたりを繰り返す、とても気のおけない女性とデートをしていた夜のことだ。そのときも、私は、2度目の告白を彼女に行ったところ、外人の彼氏ができた、と告げられ、やけ酒を一緒にしようと彼女を誘う。(最近会った際にそのアイルランド人の彼と結婚が決まったと報告を受けた)

すっかり酩酊していた私に一通のメールが入る。三宅唱からだ。いまから踊りに行こう、幡ヶ谷へ。社会人一年目、幡ヶ谷に住む方と付き合ったため、その後、何度も通うことになる幡ヶ谷駅へ、初めて降り立ったのはこのときである。それまでロック系のクラブばかりに通っていた僕にとって、ジャジーなヒップホップのかかるそのクラブは随分とかっこよく見えた。「大人のクラブ」に対する緊張があったことも覚えている。その後、ルームシェア時代を経て私はヒップホップばかり聞くようになる。VJはしょーくん。サーク、フォード、トニスコ、ゴダール、オリヴェイラの映画を勝手にマッシュアップした映像も、いまだに強い印象が残っている。僕たちはいつだって思い出ヘビーシックだ。

それから6年たった。幡ヶ谷にはそういう事情で随分と明るくなった。3年ぶりのその街も大した変貌を見せていない。ヘビーシックへ向かって気づいた。今日の会場は、中野ヘビーシックゼロだった、と。レイヤと笑い転げて、中野まで歩こうかという話も上がったが、今日はふたりで飲むことにする。少し懐かしい気分になった私たちは、ビリヤードでもやろうか、とタクシーに乗り込んだ。断水していてトイレが使えませんが、それでも良ければと案内されたビリヤードバーで、私たちはダーツに興じた。ほんのワンゲームのつもりだったが、2時間半ダーツを投げ続け、疲労の果てに明大前の彼の家に向かった。
時刻は朝4時。家では、レイヤの兄ちゃんのケンヤを中心に、ヒロくん、ショータ、ヒロキ、ジェレ、まみさん、タエ、みかちゃんらで宴会は続いている。僕以外みんな関西人というこのパーティー会場に、私は、やはり、どうしたってルームシェアをしていた湘南台での夜々が想起され、ほとんど笑いながら、涙を流す。ヒロくんが「進撃の男前」という話をする。うわ、水島ヒロ型が壁を登ってきた!とか、最終話は速水もこみち型で、男前と感じるかどうか人による、といったところで起きる笑いにまぎれ、涙を隠そうと必死に振る舞うのだ。

翌朝目が覚め、仕事に向かう。12月頭に大規模リリースが控え、私は土曜にもかかわらず、会社に向かうことになる。18時ごろ、仕事を切り上げ、山手線で1駅だけ移動する。今年も東京フィルメックスが始まる。有楽町朝日ホール。別名、最悪の上映環境。そこで傑作と名高いジャ・ジャンクーの『罪の手ざわり』を観るなんて、愚かなことはしない。ここを逃すと、観ることのできない可能性すらある作品だけを選択する。だから、マフマルバフの『微笑み絶やさず』から、私のフィルメックスは始まる。まさに、映画祭の始まりにふさわしいプログラムだ。かつてアンリ・ラングロワに憧れた私は、いまキム・ドンホに敬意を払わなければならないことを知る。空席の目立つフィルメックスと比較して、華々しく盛り上がる釜山国際映画祭の姿を見れば、彼の偉大さに誰もが気づくだろう。

次に観た『若さ』は決して悪くない。唇と足、性的に転ぶか、転ばないかの微妙な描写や、女を解放してからの切り返しなど、見事、と言いたくなる。しかし、そのタイトルと地下室というロケーションから、ベルトルッチの『孤独な天使たち』を思い浮かべてしまう。比べる私が悪いことはわかっているのだが、やはり、ベルトルッチの最高傑作であり、青春映画の金字塔の凄さを実感するばかりである。
スキー旅行に行っているはずだった彼が、1週間という終わりが必ず来ることと同様に、『若さ』のヤキも出兵への期限があったのではないか。だからこそ、女を解放せざるをえなかったのではないか。青春映画のゲームの規則、すなわち、終わりがあるからこそ美しい、を見事に体現しているとは言い難い。あるいはロケーションをもっと魅力的に撮り上げることはできなかったろうか。まるでドラえもんのポケットのような、映画装置が全てそこに詰まった地下室、ベルトルッチはその場を作り上げたように。

ロケーションという言葉で思い出す。今年、『孤独な天使たち』の地下室を超えるロケーション、ローザンヌ・ロレックス・センターを舞台にした、『ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム』(ラリユー兄弟)について、このブログで一言も触れられていないことをずっと引きずっている。壁のない設計、婉曲した迷路のような構造、人と人がすれ違う、ただの偶然のはずだったその行為が全てサスペンスに昇華する。
映画はロケーションだ。そして地の利を最大に活かす演出力だ。他の誰に言われても、簡単に頷くことは難しいその断定は、しかしラリユー兄弟のこの傑作を前にしたら、誰にも否定はできないだろう。

もはや、フィルメックスも始まってしまった今、東京国際映画祭について、書くこともどうだろうか。しかし、一言だけでも、と思うのは、「ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム」という映画のせいで、それはもうどう考えたって筆舌しがたい感動に包まれていた。あの、婉曲した大スクリーンで、一瞬足りとも、気の抜けないショット・ショット・ショットに満ちたラリユー兄弟の映画が観れただけで、私は、本当に、バカみたいな話だけど、生きててよかった、映画を愛していて良かった、なんて思ってしまうのだ。これがラストショットだ、と確信してやまないラスト前ショット(つまり私の確信は簡単に裏切られる)、マイウェンのショットは、映画史100年の歴史で最も美しいショットのひとつだろう。
今年、私にとって最も大事な作品となったのは「ラブ三部作」だ、と声高に叫びたい。『グッバイ・ファーストラブ』、『ラブバトル』、そして『ラヴ・イズ・パーフェクト・クライム』だと。

孤独な天使たち スペシャル・エディション DVD

 

10月、運命のつくりかた、キャリア論

perfect crime

しばらくぶりに少し早く帰れたので、というか毎週木曜日はグローバル人になるため、英語のスクールに行っており、スクールに行っているからこそ会社を必要に迫られて早く上がるため、23時頃には帰宅することができた。映画を愛するがあまりに、映画を観る時間の余裕を失った哀れな私のことを、後世の子供たちは後ろ指を指して笑うだろう。ふと『マイレージ・マイライフ』での印象的なシーンを思い出した。ジョージ・クルーニーに解雇を宣告された会社のために一心に尽くしてきたおじさんが「子供は解雇された私への尊敬を失うだろう」と言う。クルーニーは答える。「子供は元からあなたのことを尊敬してなんかいませんよ。あなたに夢はありますか?・・・そうですか、飲食店を立ち上げることですか。子供が親へ尊敬を抱くときは、ただ夢に向かって走り続ける親の姿を見ているときだけです。」この瞬間私の涙腺は崩壊した。『マイレージ・マイライフ』は私にとって最も大事なキャリア論映画の一本となった。私は、毎日どこかで出会うこういった一つ一つの言葉を拾い、私の選択は間違っていなかったはずだと暗示をかける日々を送っている。

さて、久方ぶりにできた時間をどう使おうか?明日の仕事の準備に?英語の復習に?書こうと思いつつ長らく筆をとれずにいた手紙を書くために?思い悩むうちに、今朝読んだ、友人の素晴らしいブログを思い出した。幾つかの夜が、いや幾つもの夜が、私には輝かしい記憶として残っている。そのうちの一つが、日暮里かどこかの森本稀哲の実家の焼肉屋で日ハムの優勝を祝ったときだし、また一つが、新文芸坐でゴダールを「再発見」したオールナイト上映だった。彼のブログを読んで、それが一晩で起こった連なる出来事だということを思い出した。そうだ、ブログがあったじゃないか。映画のことを書かなきゃなあ、でも何か書きたいほどの映画にもしばらく出会っていないし、いや一本あった。しかし、私の打盤によって『孤独な天使たち』を汚すような真似はしたくない。そうこうしているうちに早3ヶ月以上が経ってしまった。映画のことなんて書く必要はない、私はこの輝かしい人生を永遠に保存するために日記を書き連ねよう。というわけで皆さまお久しぶりです。ここまでが長い挨拶。

そして物語は突然にキャリア論へと展開する。私は今はとても紆余曲折あり「映画×旅×IT」みたいな、なんていうか私がこれまで過ごしてきた人生の色々をミックスしたようなことをやっているのだが、そうなった過程はとても面白いので、さし飲みの話題以外には濫用しないようにしている。マイライフ、について徹底的に考えた末に私はこういった決断をしたのだが、いまの素直な気持ちは、(これは妥協でも諦めでもなんでもなく、)映画は私にとって夢の塊であるが、しかし、旅とITというジャンルも生きるための仕事としては最良の選択の一つである、ということだ。置き換えると、映画とかもう好き好き大好き超愛してる、のは間違いない。加えて、旅とか想像しただけですごくワクワクするね!という感情も、ITで成しあがってるキャリア成長実感はんぱねーと恍惚感に浸りもするし、そのどちらも、仕事として選択するのは全然ありだと思った。私には多彩な人生の選択肢が広がってしかいない。

映画業界に入ったとても大切な友人は、4大税理士法人、いわゆる30歳年収1,000万円の世界、一般的には華々しいキャリアを捨てて、映画の道へ入った。そういった人はワンサカいる。それだけ映画というものは人の人生を狂わせる。そして、半年後、彼女は言った。「私は、税理士法人に戻ることにした。夢を追って、これができなきゃ生きてる意味なんかないと、業界に飛び込んだ。でも今は、映画は趣味でいいんだ、と思ったら、とても気持ちが楽になったの。」こう言う彼女のことを誰が責められようか。ただ、寂しいという思いはあれど、あくまで多彩な人生の選択肢のひとつだ。少しばかり罪悪感を持って話すような彼女に、ひとつだけ、伝えなければいけないと思った。私たちは、夢に向かって挑戦と前進をしたこと、これだけは確かに誇るべきだ、と。それだけであなたは勝者だと。私は、いや私も、人の挑戦や前進をあげつらい、ゴシップだけが話題の醜い人々とは一緒にいたくもない。

キャリア論的には、夢に向かって走るのは、20代にしておくべきだ、ということもまた事実である。たとえその選択が間違っていても、彼女のように、カタギの世界にいくらでも戻ることはできるからだ。夢があるにも関わらず、自分を押し殺して、くすぶって、35歳を過ぎてさあ今こそ!という選択に失敗は許されない。まともな世界に戻ることができる可能性は激減するからだ。私たちの人生にとって、その選択はハイリスク過ぎる。いま私は28歳。考えられる猶予は最大1年半、と言ったところだろうか。人生をとてつもなく楽しむために、ときにずる賢く、計画的に考えていきたい。

思っていた以上にキャリア論日記になってしまった。私のいまの一番の楽しみは、もうすぐ開催される、東京国際映画祭だ。なんせ、ラリユー兄弟の新作が上映されるのである。映画関係者であるので、先行試写もあったり、チケットは無料とかで貰えたりもするのだが、先行試写は平日でなかなか動けないだろうし、無料チケットは満席になったら貰えないリスクもあるので、10月5日のチケット発売時間には待機しておかなければならない。パリに行ったときに(輝かしい記憶!)、私はでかいDVD屋みたいなところで、フランス語しか話せない店員にラリユー!ラリユー!と叫び、誰やねんそれと反応されながら、『運命のつくりかた』『描くべきか、愛を交わすべきか』のDVD(当然フランス語のみ)を購入したほど、私にとって、ラリユー兄弟は最も愛してやまない映画監督たちの一人だし、主演のマチューもサラ・フォレスティエも、最も愛してやまない俳優たちだから、『ラブ・イズ・ア・パーフェクト・クライム』(なんて破廉恥なタイトル!)は最も愛してやまない映画たちの一つになるだろう。

マイレージ、マイライフ DVD

 

フランス映画祭2013レポート&『アナタの子供』と『ラブバトル』(ジャック・ドワイヨン)

いまだ日本に残る3Kが揃った業界の代表格こそ映画業界だと思うのだけど、それでも数少ない役得はあって、バイヤーということで映画祭の未配給作品はタダで観れたりするもので、そう言った恩恵をありがたく受けながら、フランス映画祭に足を運ぶ。といっても周りのみなさんのおっしゃる通り、「先行上映の場」(あるいは映画パブリシティーの一環)と化した感のあるフランス映画祭は、新作実写は上映11作品中8作品が劇場公開決定済み、ということで実質候補は3作品のみ。僕自身は、土曜日は用があったので、『アナタの子供』(ジャック・ドワイヨン)、『恋のときめき乱気流』(アレクサンドル・カスタネッティ)のみの参加となった。(勿論、トリュフォーの『緑色の部屋』は駆けつけましたよ)

よほど感動的な話を聞ける場合を除きゲストのトークとか興味がない僕からしてみれば、公開決定済み作品を小さなスクリーンでわざわざ観る理由もないというもので、『黒いスーツを着た男』『椿姫ができるまで』『わたしはロランス』『遭難者(仮)/女っ気なし(仮)』『ウェリントン将軍~ナポレオンを倒した男~(仮)』もTWタイムラインの熱狂にも煽動されず。見ざる聞かざる動かざる。

相変わらず素晴らしい映画祭レポートを届けてくれるブログ*1を観る限り、秦早穂子氏のトークが聞けなかったことにうぬぬと思うも、そもそも土曜はどうしたって参加が難しかったので潔く諦めようと。僕がかつて、はてなダイアリーでしょうもなく、しかし僕にとっては感動的な日記をつけていた頃*2、アカウント名に「Lola」と使うほど好きな映画のデジタルリマスター版が上映されようと、仕方ないものは仕方ないのだ。と書いてみて、Lolaとつけたのはフィリップ・ガレルの『恋人たちの失われた革命』からThe Kinksムーブメントが周囲で勃発し、キンクスの名曲「Lola」からとったのかもしれないと思い始めた。全くどちらでもよいことだが。ウェス・アンダーソン!

と、ここまで書いたところで、酔っ払っている勢いもあるのか、どうしたって私はいますぐに「This Time Tomorrow」を聞かればならないという使命感に駆られ、youtubeを開く*3。冒頭女2人がけだるそうにソファーにもたれかかっている。女が振り返る。私は彼ら彼女らの動きに一瞬たりとも目を離せなくなる。およそ2分1秒をピークにわたしたちは宣戦布告するだろう。映画のストーリーなんてひとつたりとも覚えちゃいないが、このシーンだけは目をつむればほとんど思い浮かぶ。これこそ映画だ、と思う。ところでさっきから本文中にうまくリンクが貼れずとても悩ましい状態だ。なので、下にリンク集をまとめておこう。

さて、何の話だったろうか。そうゲストだ!ゲストに全く興味のない私は、サニエ嬢が登壇して一目観れた瞬間に席を立った。満席の中、席を立ったのはおそらく私だけだったろう。サニエ嬢は大好きだし、『恋のときめき乱気流』も大好きな王道ラブコメだったが、しかし私は翌日5時半に起きて早朝英語レッスンに向かわねばならない。将来サニエと対談するために、いまは観客席から眺める立場はやめよう、と決めるのである。ほとんどアメリカ映画だ!と叫ばずにいられない本作は是非配給されると嬉しいです(だんだんと疲れてきた)

 

 

というわけで、ようやく本題のジャック・ドワイヨン『アナタの子供』である。

これがまたとんでもなく素晴らしい大傑作だ。

一部の方はご存じであろうが、本作の後に撮られたドワイヨン最新作『ラブバトル』は私たちが配給することを決定した。『アナタの子供』も『ラブバトル』も、『ラ・ピラート』から連綿と続くドワイヨン映画、すなわち男と女の会話劇/肉体的なコミュニケーションからは一切外れもしない映画である。(その意味で「作家性」という言葉が最もしっくりくるのはジャック・ドワイヨンこそ、と言いたい。)

しかしこの2作は地盤は共通であれ、やろうとせんことは、全く逆の作品である。ドワイヨンは『ラブバトル』において、そのノワール的な雰囲気と裏腹に、サスペンス性を徹底的に排除する。本気になれば一瞬で女を文字通り潰しかねん屈強な男(ジェームズ・ティエレ)と強風ですら吹き飛ばされそうなガリガリの女(サラ・フォレスティエ)の”バトル”がほとんど唯一のストーリーめいたものである『ラブバトル』は、誰がどう見ても「男が本気になれば、女なんて一瞬で負かしてしまうことができる」ことは明らかである。すなわち、最初から勝敗は分かっているのである。そこに”どう転ぶか分からない”サスペンス性は一切存在を許されない。

一方、『アナタの子供』はどうだろう。まさにドワイヨンの主戦場と言える、「男2人と女、そして子役」を並べ、二人の男の間で揺れる女を描く本作において、我々はルー・ドワイヨン演じる女の選択を、その結末がわかるわずか一瞬前まで、確心を持ちえない。あるいは、双方の男すらも捨て、子供と2人で生きるのか、という選択すらも想起させる、思い出のホテルへと車を走らせるルー・ドワイヨンの姿を観て、わたしたちは「喜劇的」だった映画が一瞬にして、とてつもない傑作に昇華する瞬間を目撃する。そして、最後の浜辺における”儀式”で、この映画は、喜劇であると同時に”最高のサスペンス”だったのだと舌を巻く。しかし、このラストが『わたしたちの宣戦布告』に並ぶ、”爽やかさ”を備えているからこそ、心から、「最高だった」という言葉が生まれるのだろう。

 

2013年のベストにドワイヨン作品を2作入れたくもなる、いたずら心が芽生えることはいけないことだろうか。そして、『アナタの子供』もやりたいな、なんてね。

 

 

*1 http://imaginarypossibilities.blogspot.jp/2013/06/2013.html
*2 http://d.hatena.ne.jp/Lola/
*3 http://www.youtube.com/watch?v=qgeglxSJJa8

 

ラ・ピラート ジェーン・バーキン DVD