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『第八天国』

朝からフランク・ポサージ『第七天国』のことが頭から離れなくなったので、これはとびきり面白映画を見に行かねばと渋谷文化村に『屋根裏部屋のマリアたち』見に行って大層面白くて、そのあとアップリンクファクトリーでやってる古書市いったら『リリアン・ギッシュ自伝』見つけて興奮して購入し、ヒカリエの牛タン屋でカレー食って、フジロック日記の続き書いてないこと思い出した!(なのにベルギービールが云々とか!)というわけで続きです。

 

7/28(土)つづき

何時間か川沿いでみんなでワイワイやればもうライブとかどうでもよくなるのだけど、ユリリンたちは魚クションいくというのででは今度ユリリン家で手巻き寿司パーティーやりましょう!と約束して、全然行く気はなかったけどまたJUSTICEで!と言ってばいばーいして、いろんな人が絶対いいよと推してくるSPIRITUALIZED見に、モリシとマイコとマーキー向かうも人多すぎて入れず。モリシと僕はすっかり二人で楽しみたくなっていたので意気投合し、マイコにテント帰ろうと積極的に誘った。狙い通りテントに帰るもののものの数分でヘビードランカーな僕も倒れ、気づいたらテントにおいてけぼりひとりだったガッデム。

時計はちょうど日をまたいだところで夜はこれからでしょーとオアシスに再度繰り出すとみんながジャスティスジャスティス言って大満足してた様子でみんな幸せそうだなーと僕もまったく幸せな気分になってオアシスでひとり飲酒などを行う。テントに戻ったマイコを呼び出すと欲求不満です私と大声で叫んでたので、はいはいと笑って流し青春なり人生なりそうゆう恥ずかしい話をした。飲みすぎて何を話したのかは一切覚えてないけどほんとにフジロックは楽しいなーという感情に満たされるがるぼる大いに笑う一日でありました。

 

7/29(日)

しっかり8時間も寝たおかげで三日目とは思えない快調ぶりで、しかしもう苗場着いた時からそういう気持ちになってるのだけど、3日目ともなれば一層あー今年も終わってしまうのか来年まで362日などと思いモリシを見れば同じ表情をしている。マイコは僕らが起きたらテントおらず全然戻ってこないので、モリシと二人で本陣向かい、笑い話してもなんだかこの暮らし、生活も今日が最後でなんて考えるとどうにも切なくて仕方ない。戻ったらマイコはシャワーに2時間も並んだとか言っててThats too badといってはげまして、会場向かう。グリーン通ったらGALACTICやっててものすごい良くて感動的だったのだけど、マイコが奇妙礼太郎見たいというので、わりとライブにこだわりない僕はグリーンを横切りヘブンへ。途中結局毎年食べてしまうよねハイジカレーと今日こそラムチョップを2本買いし、豪華な朝食でみんなでカンパーイ!

音楽や映画とか誰に推薦されるかというコンテクストはすごい重要で、1万人の人が良いと言おうとも多分見に行かない『アメイジング・スパイダーマン』も、信頼する友人がグレイトと言えば劇場に向かうのだろう(ファーストデイで満席で入れなかったけど)。そう思えば奇妙礼太郎は全然で、マイコはとても仲の良い友人なんだけど、音楽とかにおいてはやはり信頼における人ではないので、すごくいいと言われてもふーんとなってしまうのが僕のいけないところだとは特に思わない。期待せずに椅子に座って聞こうかと決め込んだのだけど、しかし奇妙礼太郎はものすごく良くて、先日行ったライブで僕の長年のグレイテストピープルだったソカベさんがちょっと違うなーといよいよ思い始めてきているところに、まるで往年のソカベさんとと同じようなライブをするもので、曲終りのジャンプの姿勢/「ロックンロール!」と叫ぶ姿/伸ばした声、確実にあなたソカベさん好きでしょうというのがまるわかりで、そうゆうのはとても好きです。とびきりは、『君が誰かの彼女になりくさっても』という曲で、もう恋したことある男子でこの曲聞いて泣かない奴なんているのか、というくらいに名曲of名曲でぼろぼろ涙を流す派目になったことは嫁には言えない。

思わぬ満足感をもって、ヘブンを後にし、オレンジでオルケスタ・リブレとおおはた雄一聞いて、おおはた雄一の声かっこよすぎでしょそれと憧れつつ、オレンジ一番奥のカクテル屋で頼んだアボガドカクテルのうまさにみんなで仰天する。ラムチョップ、ラコスバーガー、アボガドカクテル忘れられないフジの食べ物にランクインです。そのあと特に見たいもんなかったので、もうレディへに備えるかということグリーンに大移動する途中で、また川でかわいいこ探しにみんなで躍起になる。マイコがあの子はやばい、あっちもやばいと言うものの僕とモリシはそれはないを繰り返し続けることになる。

グリーンはハイネケンスタンド目の前のめちゃいい位置に陣取り、わずか30秒でニューハイネケンを入手できるので酔いどれにぴったりで、夕方、気持ちいい風、ハイネケン、そして井上陽水が少年時代や夢の中へ、傘がないをやれば感動しない人がいるわけがない。モリシはこないだライブで恋した鉢巻の子を偶然見つけ、運命やこのチャンスをどうモノにするかと言っていて笑った。陽水終わって、鮎の塩焼き食ったりし、ジャックホワイト先生。特にホワイトストライブスのときから好きでも何でもなかったけど、予想通りなにも感動を覚えないライブで、すぐにマーキー行ってJAMES IHAに癒された。見た目完全おじいちゃんみたいになってて、誰がライブしてるのかはまったくわからなかった。ノラ・ジョーンズが見たくなるねーとモリシと同意した。

疲れてきたので計画的に有効に時間を使うため、コステロは芝生で爆睡し、さて陣地に戻ろうかーと思ったところでコゴさんに出会い、わーコゴさんお会いできてうれしいっすーとハグをし、僕らのいる場所を伝えてお別れ。レディへが始まる十分前になれば、もうみんなの緊張も最高に高まるし、そわそわするし、しかしこんな人入ってるグリーンも見たことないねーという具合の人の数。フルノさんやコゴさんとタキタロウさんとその友人方も一緒にいよいよだねー、と気が気でなくなる。そして照明。歓声。レディヘがステージに立つ。曲が始まれば、踊る踊る。こちらにはコゴさんという踊り師がいるというかコゴさんの踊ってる姿はほんとに大好きで、こんなに気持ち良さそうに踊る人いるんだーと最初嫉妬したくらいで、いまはフジロック行くたびにコゴさんに恋をしている。去年フジロック婚をしたと聞いた時は、久々に失恋した気持ちになったくらいだ。僕ら集団はレディへでこんな踊る人いるんだーと周りにビビられるくらいに踊り踊る。「あーこの曲私が4年間付き合ってた彼にふられたときにずっと聞いてた曲だー」とパラノイド・アンドロイドかカルマ・ポリスあたりでコゴさんが言いみんなで笑い、僕とマイコは肩組んで、いちにのさんので後ろに倒れようとわーきゃーいいながら芝生に倒れたりしたら、モリシとマイコも倒れ、コゴさんとタキタロウさんと僕も倒れ、すげー楽しいとなり、僕らの前にはセクシーな女の子外人4人が超セクシーに絡み合い眠ってたので、マイコとコゴさんは喜んでスマフォで激写し、タキタロウさんは「このまま、でらべっぴん出せるな」といったりなんだこりゃーというくらいおよそ2時間半ひたすらに笑い、飛びはね、最高だねーほんとに最高だねーとなる。

レディへが終われば恐怖の人の波で、わーと流されたものの身長190cmのシュレックさんがみんなを目印に先導してくれ、やーほんとに助かります、ということでラストナイツ、マーキー向かう。それでもモリシとマイコとははぐれて、最初探してたけど電話も全くつながらないし、マーキーからかっこいい音が聞こえてくればたまらずマーキー向かう。DE DE MOUSE + Drumrollsとか信じられないくらいかっこよくて、特にツインドラムの繰り出す音がもはやアートでしょうという絡み合い方をするので、わーと叫び踊る。いろんな方からいい踊りしてるねーとお酒を頂くので感謝しつつ頂戴し、そのまま2時半ごろまでひとり踊り続ける。

あまりに疲れたので、オアシスでちらっと休み、ソーキソバとビールで休息してるとたまたまみうさんから連絡来てあら偶然いま僕もオアシスですよ、となるので最後にカンパーイ!とし、終わっちゃうねーということを語り合った。テントに戻るころには4時過ぎで、ほんとに今年も苗場はなんて場所だ、SEE YOU NEXT YEARとつぶやき横になった瞬間眠った。

 

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7/30(月)

朝起きて、テント畳んで、ラコスバーガー+ビール。今日も美味い。アサミと偶然会い、またらいねーん!と叫び、越後湯沢へと向かうバスに並ぶ。3日間、信じられないくらい全く雨の降らなかった苗場だけど、ある意味奇蹟的に終わったこの日は大雨で、やーでもラッキーだったね、去年はきつかったものね、と。

バスは1時間半以上待ち、湯沢へ。温泉入ろう!ということで、湯沢グランドホテルに向い、温泉入る。本陣とは圧倒的に違う設備にモリシとこれ、毎年ありやなと認識あわせ。ホテル前でたむろってたらホテルの人が、駅まで送迎してくれた。たぶん客層的にホテルのブランドイメージとあわなかったのだろう。駅前の郷土料理やでけんちん定食食べ、お土産買って、新幹線は爆睡して、東京駅。モリシとマイコとまた苗場で!と拳を合わせ帰路へ着く。今年も最高の5daysでした。

this taste good!

金曜恒例のひとりベルギービール。

終電で仕事終えてからの、ハッピータイム@西小山Bar SLOW。なでしこジャパン勝ったぜ!

1本目:ヒューガルデンホワイト

他のビアバーとは格が違ううまさにぞっこんです。

2本目:Leff Blonde

今日も美味しく頂きました。

3本目:DUCHESSE DE BOURGOGNE

 

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ワインの瓶で醸成させたビール。上品な味わいで激うまでした。

very,very

「6年連続」と誰かのように言えないのが残念で6年目5回目のフジロックから帰ってきた。一昨年、苗場に行かなかったことはこの数年間で何よりも後悔していることの1つで、そのとき友人から言われた言葉は「一度行かなくなるとほんといかないと思うよ」といった類のことで、二度と逃してなるものか、という感情に別に襲れない。ほんとに楽しいので行く。

7.25(木)

6時退社を目標に、これでもかとばかりに仕事をこなし、休暇メールの設定を行う。東京駅新幹線改札口でモリシと合流、ビールを買い、新幹線に乗り込む。1時間半。車と比べれば短い時間だ。越後湯沢に到着し、飲酒に興じる。

シャトルバスの行列に一瞬ひるみ、はなからシャトルバスなんて待つ気も無かった僕は早速モリシに提案する。知らん人誘って、4人集めてタクシーでいこうと。何組かに声かけするも、なかなか芳しい反応ではない。しかし外人女性ふたりぐみがタクシーに乗り込んだので、駆け、声をかける。「キャンウィーゴートギャザー」グラマー外人は突然の声かけに驚くも「イエス!」と明るい反応。そして「どこいくの?」と聞いてくる。当然「ナエバ!フジロック!」と答えると、まさかの「私たち違う場所なの」という奇跡。この日に、あるんだそんなこと、とモリシと笑う。30分ぐらい待ってもつかまらないので、モリシがシャトルバスに並びつつ、声かけようという提案にみすみす乗る形になり、並んでみたら20分で乗れました。便利だね。

遠くから、音が聞こえ、少しずつ大きな音になっていく。いつもの、フジロックのゲートが見える。毎年恒例の、ここに戻ってきたという感情。リストバンドを交換し、テントを張りに急ぐ。まさかのテントサイト入口10秒のところにちとでこぼこだが、十分なスペースを発見し、急ぎテントを張る。当然、かつてないほどに快適なフジロックライフが約束される。先に来ていたモリシの友達の先輩のフルノさんと合流する。先に前夜祭に行っていたみたいだが、やっぱりシャーベッツとか全然好きじゃなかった!と言っていた。

会場に向かう。ゲートをくぐる。かつて、もはや自分が体験した現実だったのかすらよくわからない僕の原体験である大学4年の夏や、死ぬほど楽しかった社会人1年目の夏のようなドキワクとは違う。落ち着き払った北の男だ。風景もすべて知っている、またここに戻ってきたという感覚。悪くない。

さっそく苗場食堂で、とろろめし・豚トロ串焼き・ハイネケンを購入しカンパーイ!オアシスで全くいつも通り感動的な大道芸を見て笑ったり驚いたりし、マーキーへ向かう。ちょうどLOS LONELY BOYSとやらが終わったところで、豆塚。豆塚=フジロック出演者の有名な曲を流す人という先入観しかなかったので(思えば前夜祭にいったことは大学4年の夏一度きりで、なぜかそんな記憶がある)、今年は当然〆で「creep」でしょうとか思っていたら案外知ってる曲は全然掛からずただのかっこいいDJで思い違いはなはだしい。しかし12時になれば音は止むが、モリシはあと3時間は踊れるな!と言っていた。テントサイトに戻り、ラコスバーガーで(その後何度も訪れるとはつゆ知らず)さっぱりとジントニック飲んで寝る。

7.26(金)

予報では3日間とも晴れ、という奇蹟の晴れロックになるということだが、テントは完全にサウナで9時半ごろにはモリシも目を覚まし、汗まみれを抜け出すため、いつもの温泉、本陣へ歩いて向かう。本陣はがらがらで、コンセントで携帯充電も確保し、大満足で風呂をあがって今日一杯目のビールでカンパーイ!テントサイトに戻れば、テントサイトから出るための!行列につかまり、終わりそうにない僕らは昨夜のラコスバーガーで朝飯のラコスバーガー+ポテトセット+ハイネケンを注文。中のハンバーグが劇的にうまく、これはおいしいねーとモリシと大いに喜ぶことになる。家に帰って検索したら岡山のお店だったので、岡山の友人へ是非行くといいよと一昨夜メールしたらこれからワイズマンということでうらやましい。

バーガー食べてたら狙い通り、行列は緩和し、会場へと向かい、早速ドラゴンドラに乗り込む。アホな子たちと一緒になり、熊がいるよ、まさかいるわけない、熊だー!と毎年恒例の会話に興じつつ、デイドリーミング別名「天国」へ到着するので、早速ハイネケンでカンパーイ!やはりここのハイネケンが世界一うまいと思い知る。ちょうどドリアンがはじまるところで僕らは芝生で寝る準備を始め、ドリアンが始まるころには爆睡を決め込んだ。起きるとドリアン大盛り上がりで、眠るのにはgood music過ぎてモリシも寝てたし再度寝た。ドリアンよかった。そうすればEccyはじまるので、どれどれと覗きにいったら、やっぱり不細工だったけれど、僕はEccyが同じ世代だと聞いたあたりから、何があっても応援しようと決め込んでいるので、まばらな客の中ぶいぶい躍った。踊りながらなぜだが「親密さ」という言葉が思い浮かんだ。とてもいい言葉だ。あるいは85世代ヌーヴェルヴァーグ!とてもいい言葉だ。

3時間ほど天国にいたが、ブルーハーブがはじまるとなるので、モリシを起こすとモリシは日焼けで全身真っ赤になっていた。ドラゴンドラを降りたところで、突如「だいちくん!」と女子に声をかけられ遠目で誰かわからなかったので「おう!」とかえしておいた。直後に会社の先輩とかだったらどうしようとドギマギした。その後、みうさんからメールが来て「フジで偶然会えるなんて」ということだったので、会社の先輩ではなく一安心し、ホワイトへ向かえば、丁度ブルーハーブで、7月頭のワンマン以来だからそんな久々感はないのだけど、彼が声をあげる。12年目、6年ぶり、4回目のフジロックと。そう6年前、大学4年の1回目のフジロック、マーキーで見たボスのあの影、言葉、音、初めて見たブルーハーブを僕は全く忘れられずにいて、わわわと記憶がよみがえってきて、そして全身に鳥肌が立つ。最初ホワイト、ブルーハーブには箱でかいかなと思ったけど、そりゃそんなことはなくて、僕は体を動かすことすら許されない緊張感の中で、ほとんど突っ立って鳥肌を立たせ続け約45分間を過ごしたものだ。終わった後モリシと、まともに聞いた1組目で既にベストアクトだねと言って喜んだ。

小腹がすいたので、昨年のベストフードであるながおか屋のラムチョップを買いに、ヘブンに向かう。モリシはラムチョップ二本買いしていて、僕は1本目を食べ終わった後に早速もう1本買わなかったことを後悔し、ビールをなめた。バックミュージックのErnest Ranglinはうるさすぎず丁度いい感じだった。このあたりで今日あとから合流するはずのマイは仕事で今日無理と連絡が来て残念と思ったわけでもない。

そこから大移動でオアシスでタイラーメン食べて、BEADY EYEに向かうけど全然興味ないので、再度睡眠をむさぼり、ストーンローゼズまでよく寝た。ストーンローゼズをなぜかすごい楽しみにしていたけど、そういえば僕の人生にローゼズとやらは対して深く関わったことないなあ、ということを彼らが登場し、数分後に気づき、一気に興味を失って、モリシにジェームス・ブレイクに行こうと誘ったけど、彼はいかないと言うので、移動もめんどくさいので椅子に座ってストーンローゼスをぼうっと聞いた。まあまあだったけど感動は特にない。『(500)日のサマー』でふたりの共通の趣味として語られていたのは、ローゼズではなく、スミスだったろうか。ふとそんな疑念が湧いてきた。

そしてホワイトに移動しジェームス・ブレイク。音源を聞いたことはないが、しかしそれはまあ素晴らしいライブで、この年(23,4才とかかと勝手に思っている)でこんなライブをやられてしまうと、なんというか「天才」という言葉しか形容する言葉がない、ととにかく感嘆し、アニマルコレクティブの再来だ!とひとり叫び続けた。なんといい夜なんだと思いつつ、オレンジへ向かう。朝から、今日はオールナイトフジの為に!を掛け声に、体力を温存してきたので、Eccyで30分ほど躍った以外は全く動いておらず、ずいぶん元気になってきた。みうさんもオレンジおいでと言ったら、来る!ということだったので、先にDJ EMMAで身体を慣らす。今日はいつものオールナイトフジのスピーカー3倍にしてるぜ、と言われるとあおられるので大いに踊る。みうさんが来たところで、わーとなり、3人で乾杯する。みうさんは「バックミラー、サイドミラー、目視」という言葉を連呼していた。DJ NOBU⇒DJ KRUSHの流れは当然やばく、バッキバキに踊ったらへとへとになり、テントへ戻ることに。3時半ごろテントに到着し、疲れすぎて一瞬で眠り初日は終わる。

 

7.27(土)

テントを出るころにはほとんど昼ごろで、ラコスバーガーを食って、本陣を出て、ROVO友達のアサミと乾杯して、会場に着くころにはもう15時を過ぎていた。ホワイトのMONOの方に向かうも、うるさかったのでそのままボードウォークに入り、ヘブンへ。去年超旨かった記憶のあるグリーンカレー食うけど普通だった。去年いた天才料理人が本店まかされたのではとモリシは言っていた。そのあたりでケンちゃんと合流し、バーボンソーダで乾杯する。ケンちゃんとマイコを付き合わせることが今フジロックの密かな目的であり、そのマイコにホワイト集合でとメールし、ROVO。1か月前の日比谷公園は全く記憶がないので今日こそ!と気合を入れて躍った。あとになって気づくと、この日はROVO以外まともに何も見なかった理想的なフジロックライフだ。

モリシがユリリンと乾杯したい会いたいおごってもらいたいというので、ユリリンに連絡したら、川のとこいるよーと帰ってきたので急いで向かう。そしたらタケシもいてあら偶然こんなところでと驚く。マイコもなんとか合流できたが激ギレしていたのでそっとしておく。ユリリンはユリリンの彼氏疑惑の先輩といたのだけど、先輩の前で、ユリリン愛してるからおごってくれとの言葉をモリシがかけると、「愛はないけど金はある」との大人の回答に僕らは憧れ冷めやらぬ今も、ということで僕とモリシは女子からビールをご馳走になるだろう。CARIBOUをBGMにモリシ、ユリリン、ユリリン先輩、ケンちゃん、マイコ、フルノさんで飲み飲みワイン・ウイスキーが登場し、ケンちゃんは完全にマイコに「ほの字」でマイコもその気だったので、フジロックラブを楽しみにしている。iPhoneを見ればフジロックになぜか来なかったタカシから「悔しすぎるからすげー楽しそうな写真を送って」というメールに笑い、みんなでハイチーズとやればやっぱり僕はフジロックにラブシックという不治の病です。眠いのでこの続きはまたねん。

信じられないほどに美しい。『シルビアのいる街で』という映画について

ホセ・ルイス・ゲリン『シルビアのいる街で』見た。

なんかのDVDの予告編ですげー面白そうだな、と思ってたら、『映画時評2009-2011』でも大絶賛で、なんとこのタイミングでイメージフォーラムで再上映ということなので、駆けつけた。ほぼ満席。

たとえば、冒頭のホテルから、ある言葉をきっかけに切り替わるシーン。カメラは固定され、ただその目の前のT字路を映し続ける。冒頭のシーンを知っている僕たちは、右側のホテルの入り口から、長髪の彼が出てくることを知っている。予想通り、その景色に同化したような薄茶色の服に身を包み、際立つ赤いバッグを背後に携えた、彼が飛び出してくる。

彼がT字路を左に曲がり、見切れる。普通の映画であれば(『シルビアのいる街で』を見た後、それが一瞬の過ちであることは知りつつも、近年見た他の映画はどれも、ただの普通の映画でしかなかった、とすら思えてしまう)、カメラは赤いバッグの彼を追うだろう。しかし、カメラはその場を離れず、そのT字路で起こる人生模様を映し続ける。その想定外の演出に、いまだ始まったばかりのこの映画において、なにか尋常ではないことが起こるだろうと気づく。

2夜目。演劇学校の横のカフェで、シルヴィーらしき女性を発見する彼は、前夜に続き、ビールをぶちまけ彼女を追うだろう。そこからの追跡劇は、まさしく、活劇以外のなにものでもない。シルヴィーを追う彼という構図に、いつしかカメラは切り返し、シルヴィーらしき女性を正面に捉え、彼がその背後に映るそんなシーンを想像すし、そして見事にそのシーンを撮るホセ・ルイス・ゲリンの演出に圧倒的な信頼を寄せる。彼は「シルヴィー」と大きな声をあげて彼女を呼ぶ。まさに活劇とはこういうものだ、という監督の野心がにじみ出る素晴らしいシーンだ。

そして、『ミツバチのささやき』のアナ・トレントが大人になった時、きっとこのような女性になるだろう、と誰もが想像したその幻想を叶えるために現れたかのような、みずみずしく美しい女性、ピラール・ロペス・デ・アジャラ。この映画で最も美しい路面電車のシーン。彼女が路面電車で交わす言葉、仕草に誰もが圧倒される。このシーンにいつかは終わりが来ることを知っている(そして彼女と彼の会話から、もうこの映画に、彼女が再度映し出されることはないだろうと誰もが察する)僕たちは、息をする間すら惜しみ、スクリーンを見続けるだろう。

断言しよう。『シルビアのいる街で』は極上の映画体験というものは何かを教えてくれる、信じれないほどに美しい映画だ。

『きっと ここが帰る場所』(パオロ・ソレンティーノ)

『きっと ここが帰る場所』を見た。

時折興奮のシーン(プールで素手クリケット?してみたりだの)はありつつも、わりと前半とか眠いなーという印象で、あーこれはほとんど予想通り残念かな、と思ったのだけど、しかしまあ尋常じゃないいいシーンがたまにあって、それがエンドロールも含めて計三度(だったと思うけど)流れる、『This must be the place』の二度目in the レイチェルハウスでもう一生このシーンを見ていたいと思うほど素晴らしくて素晴らしかった。そしてレイチェル(ケリー・コンドン)が死ぬほどかわいい。

勿論デヴィッド・バーン本人が自ら歌う一度目も素晴らしくて、それはもう言わずもがな思い出ヘビーシックな、僕があれから5年か6年たつ今でも一番好きな映画は、という質問には「『ストップ・メイキング・センス』というトーキング・ヘッズのライブドキュメンタリー映画です。」と即答している人生史上最高の映画体験が思い出されるからで、いきなりにゅっと白髪のデヴィッド・バーンがが現れる瞬間からもう「考えることをやめろ!」と言い聞かせられ、横一列に並んだなにかこう懐かしい(あの黒人、例の黒人と同じなんじゃないかと勘ぐってみたり)、そして最後、デヴイッド・バーンたちが見切れる前、なぜか前屈体制になるところとかもう感情が抑えきれず、文字通りドバッと涙が溢れ出た。結果的にはとてもよかったのではないかと思っています。

最後に『ストップ・メイキング・センス』を見た当時の自分のブログをセルフ引用してお別れしてみるけど、ほんとにあの瞬間の2006年11月30日渋谷/ユーロスペースに戻りたい。僕にとって、きっとあそこが帰る場所なんじゃないかとうまいこと言ってみる。

奇跡的な映画を見てしまった。

トーキング・ヘッズのライブ・ドキュメンタリーストップ・メイキング・センス』はライブ・ドキュメンタリー史上最高の傑作であり、伝説になるべき映画だ。冒頭、デヴィッド・バーンが登場し、足下にラジカセを置く。彼はたったひとりギターを弾き始める。僕はその音が始まった瞬間、息を飲む。曲が進むに連れて徐々にメンバーが登場し、トーキング・ヘッズの全員が揃ったときから映画館は奇跡となる。

トーキング・ヘッズがスクリーンでプレイしている姿は、もはやライブではない。これをライブ・ドキュメンタリーという枠にくくるにはあまりにも不相応で、それはこの映像がまさしく映画であるからだ。どう言っていいのだろうか、とにかく、完璧なのだ。一瞬たりとも隙がない完璧な映画なのだ。カメラの枠が取っ払われてしまえばいいと思うことがあるだろう。逆にこの映画は、あの長方形の枠が完璧に決まる。全てのショットがパーフェクトで、僕らは隙を探そうとするが、全く見つからない。つまり映画の向こう側に行く隙が存在しない。僕らはこちら側でただ眺めるだけ。

この映像がライブではなく、映画であるとはどういう意味か。それはトーキング・ヘッズがこの映像から徹底的に不確実性を排除してしまったということである。ライブには不確実性というものが絶えずつきまとう。レコーディングではない。やり直しは不可能。バンドはライブ会場で、その場の雰囲気で、ライブスタイルは全て変わる、これは当然のことだ。例えばツアーでライブを10回やるとする。その10回のライブは不確実なもので、毎回動きや音に変化があるということである。

だが、トーキング・ヘッズはこの映画中に不確実性の片鱗すら見せない。つまり「メンバーの全員が、他のメンバーが、誰がどこでどのような音を出し、どのように動くか」「それに合わせ自分自身がどのような音を出し、どう動くべきか」を完全に把握してしまっているのである。そこには完全なる調和が発生する。全員の動きが緻密に計算され、円周率のごとく美しく絡み合う。100回のリハーサルでもこれほど完璧にお互いが調和して動くことは不可能であり、それはもはやライブとは言えず映画と同義(もちろん映画にも不確実性は大いに存在する)なのだ。もはやトーキング・ヘッズはこの映画を作るためにライブをやっているのではないか、と言える程に。その確実さにカメラも呼応する。最高のポジションから最高のショットを1時間半の間常に提供する。もはや奇跡の瞬間である。

無意味な行為だとわかってはいるが、今年の傑作映画に例えてみると、いかに凄いかわかりやすいかもしれない。間違いなくこの映画は、1時間半もの間、一瞬も途切れることなく『百年恋歌』の第1部と同じくらい美しく、『父親たちの星条旗』よりも緊張感に溢れ、『ウォーク・ザ・ライン』の刑務所ライブよりも僕らは涙を流させることになるだろう。トーキング・ヘッズこそ最高のライブバンドである。僕は二度と彼らの曲をiPodでは聞けないだろう。

僕の頭でこの映画について語るには、あまりにもボキャブラリーが不足しており、全く伝わってないと思う。申し訳ないです。とにかくこんな無駄な説明はせずにただ「やばい」とだけ言った方が良かっただろうか。もし日本最終上映のこの映画を映画館で見る機会が今後存在したならば、絶対に何があっても見て頂きたい。難しいことだとは思うが、バウスでいつか爆音上映されることを心から祈っている。いや、いつか俺が上映してやろうか…

それはいつも通り友達とだらだらして12月だよやべーとか言っていて、7限の授業に行こうと思ったときのこと。僕はトイレに寄った。すると偶然、映画サークルに所属している後輩K(同じ授業をとっている)に会う。僕が授業に行こうとすると、「僕、いまからトーキング・ヘッズのライブドキュメンタリー見に行くんですけど一緒に行きませんか?今日最終回ですよ」、と。迷ったが、彼はこう続ける「Fくん(うちの大学1のシネフィル)が伝説だって言ってるんですが…」そう言われたら行かざるをえないでしょー。なんか最近Fくんはまた進化したようで1日3、4本映画館で見て、家帰って1本見るって生活を毎日続けているらしいとか。びびるわ。

そんでユーロスペース行って、もうとにかくぶっ飛ぶ。言葉を失い、息を飲む。Kも俺も上映中身体ががんがん動く。あまりのカメラの決まりぶりに感動したのがエンドロールで納得。カメラ6台。アシスタント各2人。カメラだけで18人使ってる。上映後、二人とも「やばい」としか言えず、もう他に全然言葉が出てこないくらい感動して、でも色々上で言おうとしたけどやっぱ「やばい」のが合ってる気がする。ふだんそんなこと言わなそうなKでさえ「この映画見てない映画サークル員全員死ねばいいのに」という発言まで出るくらい。二人とも受付で迷わずDVDを購入。DVDじゃ全然魅力伝わらないと思うけど、まあずっと大切にします。映画最高。

テアトルグループの会員証がめっちゃいけてる

まあタイトル通りなんだけどめっちゃイケてるから拡散。というか映画系でここまでまともな割引とかやった会員証なかったのでは、と。というわけで早速会員になってみました。年会費1,000円。

特典として、

■いつでも映画1,300円(前売り券買わなくてもよくなる)

■火曜・金曜は1,000円(ええ!週2回もファーストデイ!)

■入会時に1回1,000円で見れるチケットプレゼント

■極めつけは、いまならキャンペーンで1回無料チケットプレゼント!!( http://www.ttcg.jp/topics/2012/hot_poster.pdf )

もう最後の特典だけで、年会費1,000円なら余裕で取り返せるって。

『ミッドナイト・イン・パリ』『ル・アーヴルの靴みがき』『テイク・ディス・ワルツ』『Virginia/ヴァージニア』『トータル・リコール』『ロック・オブ・エイジス』『ヘッドハンター』も全部1,000円で見れますよ!というわけで東京にいらっしゃる映画好きは必須アイテムかと。

『サウダーヂ』(富田克也)

「いさぎよい」映画だ。『サウダーヂ』を見終わってまず、そう感じた。

90分でやりたいことやって、撮りたいもの撮って、いさぎよく終える、それこそ映画の理想形だ、とすら思っている僕にとっては(あるいは一般的な人々にとっても)ペドロ・コスタの映画に足が向かないこと同様、ほとんど3時間近い尺のあるこの映画へのハードルは高かった。

昨年、公開当時も、長尺についに映画館に足が向かわなかった。映画をDVDで初見することのを愚かしさは十分に知っているにも関わらず、ツタヤでいいか、なんて思った自分を罰してなのか、35mmフィルム以外の上映はしない、と聞いた時は、自分の不節制を、半年近くも後悔することになった。

だから、オーディトリウム渋谷で再上映をする、と知った時は、胸が躍った。そして今日渋谷にてついに映画を見ることができた、それ自体がとても幸せである。

167分という上映時間がまるで嘘みたいに、まだまだ見ていたいと思った。きっと理由はこの映画の「いさぎよさ」にあるのだと思う。

全編に渡って、数多くのギャグシーンが散りばめられている。そのほとんどがたった10~30秒ほどの短いシークエンスで、シーンとシーンと間に突然挿入され、何事もなかったかのように次のシーンに続く。それが全く冗長でなく、飽きがこない。(冗長なギャグシーンほどうんざりなものはない)

更に、167分という時間が嘘のように、ひとつひとつのシーン/シークエンスもほとんど3分程度で構成され、さくさくと次の場面に進む。かといって僕たちがもっと見ていたいと思っているシーンについては切るような野暮な真似はしないで、じっくりと見せる。(例えば、はじめてのアーミービレッジのライブ/商店街でひとりラップする田我流/シンナーか何かを吸いまわすセイジとビン)

扱うテーマはどうであれ、全くもって面白い『サウダーヂ』。今後のDVD化もしないのでは、と思っているので、もし未見であればいますぐ渋谷に急ぐべし。

オーディトリウム渋谷にて上映中 http://a-shibuya.jp/archives/2023

記憶/共感/親密さ

今朝Facebookを開いて、少し顔をにやつかせた。あれから4年が経ち、「はてな」という形は変えど、それぞれがまた書いている記憶がよみがえる。

かつてお互いを高めあった関係、親密さ。いや、僕は一方的に2人に高められた、という言い方の方が正しいかもしれない。アテネ・フランセやシネマヴェーラにいけば彼ら(+1)に偶然会わない方が珍しかった。

昨夜はほとんど眠ることは叶わなかった。3連休で寝すぎたからだろうか。違う。久々に身体の底から熱いなにかが湧き出てきて、全く目が冴える。LES MISTONSとかめでたいとか、違うんだ。かつてのような責任、義務、やらなければとはちょっと違う、したいんじゃん、という感情。ドキドキして眠れなかった。

そして、今日いつもの日課で友人のブログのURLを叩けば、まるで同じようなことを同じようなタイミングで考えている。思わず僕もtumblrを開き、誰が読んでもよくわからない、この青臭い文章を書くのだろう。

三連休/蓮實/二十一世紀

この三連休は少しは出かけはしたものの、映画もスクリーンで1本、家で1本を見た程度で、ほとんど家で過ごすことになった。渋谷にでも出れば、フィリップ・ガレルの新作を見ることもできるし、何度見ても再鑑賞の度に驚きや新たな発見をするだろう、ワイズマンやウディ・アレンの新作が上映されているにも関わらずだ。

その唯一の理由と言えば、蓮實重彦の『映画時評2009-2011』がAmazonから届いたから、であることは言うまでもない。

この三日間は、それが二十一世紀を生きる僕たちにとって、ほとんど唯一の娯楽であるがごとく、その本のページをめくり続け、「映画」という名の奇蹟を噛み締めることになった。

蓮實の文章をこれほどしっかり読むのは、自分の記憶を辿ったり、自分の読んだ本のノートを見る限り、大学生以来のことのようで、当時は授業中、映画狂人シリーズを読んではビデオ屋で未見の映画を探し、未読の彼の書をたまたま古本屋で見つければ、テスト時間も投げ打って教室で読んでいたことを思い出す。僕の「教育者」は、教壇に立つ名前もおぼろげなお爺さんより、蓮實重彦だった。

ほとんど五年ぶりに彼の文章に触れ、その文章の自信に満ちた力強さ(「想起しない人はいない」と言われ、それを想起しなかった当時の自分を恥じてみたり)、煽動力(『アバター』ですら楽天レンタルで借りてしまった!)を前に、かつて映画だけあれば人生を満たされる、と信じてやまなかった自分がフラッシュバックするのだ。

彼が取り上げる映画は、当然その書のタイトル通り、「2009-2011年」に撮られた新作についてである。だが、そのほとんど全ての文章に「二十一世紀」というキーワードが入り、そして、その二十一世紀の映画の存在を常に否定した上で、語られる。

たとえばジョニー・トーの活劇に満ちた素晴らしい小作『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』について、本書でのインデックスは『よくできたごく普通の映画の二十一世紀には稀な貴重さについて』とあらわされることはわかりやすい部分だし、かつて蓮實の文章を読んだことがある人は、彼が決して好意をもっていなかった二十世紀を代表する映画作家ジョン・カーペンターに、二十一世紀においては、ほとんど彼のような作家は残っていない、と語っていることに驚くだろう。

僕たちの世代がまともに映画と向き合い始めたのは、ほとんど二十一世紀である。過去「遅れてしまった感」を持って二十世紀の映画を見続けたことがある人で、蓮實のような「教育者」にこう語られれば、きっと二十一世紀に生まれたことを悔やみ、そして「遅れてしまった感」を強めるだろう。

蓮實の意図はなんだろうか。僕らは、最後にあとがきを読み、身震いするだろう。彼はあくまで僕たちの「教育者」であることに気づくのだから。