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4月1日、映画、ホアキン

ようやく、ようやくネットが復活した。月々若干のお金をケチったばかりに、ネットが繋がらない日々を過ごしており、ブログの更新もできずにいた。前回更新がどうやら1月のようなので、約3か月ぶりとなる。あのときは雪もふっていたが、今では大岡川に満開に咲いた桜すら散ってしまった。ブログを更新しない、即ち、映画や音楽に触れる頻度は多くなるということ。というわけで、4月の日記でも書いてみよう。

最近は、とある事情により時間をもてあます日々を送っている。(そのあたりはまた5月入るころに詳細を書こうかと。)毎日忙しい現代人の方々からしたら羨ましくて仕方ない、もはや刺殺されかれない日々を謳歌している。やはり時間があれば、と映画を観るわけで、4月1日ファーストデイは平日とか関係なく『愛、アムール』(ミヒャエル・ハネケ)、『ザ・マスター』(ポール・トーマス・アンダーソン)を観る。

最近映画を観ようとするたびに不安に襲われる。「自分が不感症になってしまったらどうしようか」、という不安である。どんな映画もかつてのように愛せず、かつては大いに涙し、心を震わせただろう瞬間でさえも、平然と、ドントムーブ、私。みたいになったらどうしていこう、と。僕が生きた二十数年のうち、少なくとも15年の間は映画を信頼し、映画に身を捧げ、映画に寄って生きてきたようなところがあるので、自分が不感症になった瞬間、はて私は、となってしまうだろう。全く脆い。いくつか兆候はあって、今朝家で観た『遠雷』(根岸吉太郎)とかもう全然感動を覚えない。最後に歌うとこと石田えりの乳房くらい以外に、少しも心動くことなく138分は過ぎ去った。エンドロールが流れ、はっと気付く。私は、この2時間強、なにを観ていたのだ、と。苦痛とはこういうことだ。珈琲はすっかり冷めてしまった。

だから最近の映画鑑賞のスタイルとは、私にとって何よりも恐怖の、自分はまだ映画で感動できる、ということを確かめるために観るようなところがあるのだ。実際にこの4月は、いくつもの素晴らしい映画たちと出会うことができ、私はまだ生きている。ここにいる。かつてほど、涙を流すことはなくなった。私は渇いていく。

また何を言っているかわからなくなった。
ファーストデイの話に戻ろう。ミヒャエル・ハネケもポール・トーマス・アンダーソンも私の人生にとってはわりかし、どうでもいい人たちで、ハネケとか嫌いな監督3人挙げてと聞かれれば、いの一番に挙げたい監督であるし、次はトリアーで、アロノフスキーと並ぶだろう。さらにデヴィッド・クローネンバーグもすごく嫌いだ(今週公開の『コズモポリス』は楽しみだ。ビジュアルが『ゴシップガール』ぽくてすき)。ポール・トーマス・アンダーソンは全然嫌いじゃないけど、『ブギーナイツ』よかったよね、確かというくらいで思い入れはない。大体長い映画が多すぎる!映画のためにならない。映画を撮る方々は、人に観てもらうために、大切な時間の一部を頂戴していることにもっと意識的でなければならない。長い映画が許されるのはハリウッドであり、長い映画を撮りたいならハリウッドで撮れるくらいの人材になってもらいたい。

『愛、アムール』は、ハネケという存在は、やはり僕の人生にとって無縁であり続けることを決定的にした作品であり、特に何ら心動かされなかった。おばあちゃんがロボットみたいに突然動きが止まるので、笑ってしまったくらいだ。パルムドールとか取る、こういう作品で心が動かされないと、ああ、私はやはり不感症になってしまったのかと、びくびくする。

だから次に観た『ザ・マスター』が本当に素晴らしくて、私は生を実感する。冒頭の海、青、そしてホアキン・フェニックスの顔がドンと据えられたショットでぶわっと、涙で頬がべちょべちょになる。「おかえり、おかえりホアキン」、私は心の中でつぶやく。同じ現象は数日後『ホーリー・モーターズ』を観たときにも起こったことは言うまでも無い。「おかえり、おかえりカラックス」。

『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』『アンダーカヴァー』『トゥー・ラバーズ』僕の大切な映画にはいつも彼がいた。言いすぎだ。しかし、あのホアキンのバチっと固められた髪型、額、そして今にも人を殺しかねん目つき、あるいは不気味さ、がスクリーンに映る、にじむだけで私は幸せで昇天しそうになる。そのホアキン演ずるフレディの居場所として全く相応しくないデパートのシーンのあまりの素晴らしさはどうだろうか。「4999ドル」と当時の人々にとっては圧倒的に破格だろう毛皮のコートを売り歩く女性を追うキャメラの滑らかな動き。ジャケットとタイでぴしっと決めたホアキンがキャメラを携える佇まい。客にふっかける喧嘩。映画は冒頭から一瞬も揺るがずに、疾走する。

ここまで書いてみて、お腹がすいてきた。近くの『YOHO』というお店がとても美味しいとOZマガジンに書かれていたので、ワインでも飲みにいこう。そう決めた僕はこの日の日記のタイトルを「4月、映画」から、「4月1日、映画、ホアキン」に修正・変更することで、何かを成し遂げた気になる。僕の人生はこうせこたらしい調整、調整を重ねることで何かを言い訳し、取り繕うことを繰り返している。だからといって、特に気にしていない。僕の人生にとってそれは大して大事なことではないのだ。簡単に取り繕えることならば取り繕えばいい。僕にはもっと大事なことがあるのだ。オーディオからはEVISBEATS feat 田我流の『ゆれる』が流れてきた。身体が酒を欲している。

『ザ・マスター』最高です。


さて冬休み。

本日は仕事納めでした。1年間お疲れさまでした!

 

ほんとに悩み抜いた4月~10月。11月、12月、自分と向き合い、人生のことを真剣に考え抜いて、少なからず僕の人生にとって大きな決断をいくつかして、だからこそ最後の1か月は充実して終えられた。自分とここまで向き合えた、その意味で辛かったけど、とても重要な1年になったな、と思う。

 

人生のことばかり考えているとはいえ、映画を観ていなかったわけでは勿論なく(やっぱり僕にとって映画がなによりも大切だと気づいたこともあるし)。あなたの好きな映画を10こあげて、と問われてもランクインするであろう映画に数本も出会えていた。いつか何か書こうと思ってとってはおいたが、多分もう書かなそうなので、ここで羅列する。というわけで最近見た映画たちです。見た順に。

 

『5windows』(瀬田なつき)
『白夜』(ロベール・ブレッソン)
『さすらいの女神たち』(マチュー・アマルリック)
『キック・アス』(マシュー・ヴォーン)
『カリフォルニア・ドールズ』(ロバート・アルドリッチ)
『ザ・ウォード/監禁病棟』(ジョン・カーペンター)
『ステップアップ4レボリューション』(スコット・スピアー)
『遠距離恋愛 彼女の決断』(ナネット・バースタイン)
『トータル・リコール』(レン・ワイズマン)
『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』(マルコ・ベロッキオ)
『合衆国最後の日』(ロバート・アルドリッチ)
『ボーンズ・ブリゲード』(ステイシー・ペラルタ)
『刑事ベラミー』(クロード・シャブロル)
『トスカーナの贋作』(アッバス・キアロスタミ)
『ルビー・スパークス』(ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス)
『恋のロンドン狂騒曲』(ウディ・アレン)

 

そろそろ年間ベスト10の季節だが、旧作も入れてもよいというならば、『合衆国最後の日』が一番よかった。ここに僕の憧れる男像がすべてあった。丁度政治とか選挙とかあったしね。アルドリッチが続けて見れたことに感謝。ほぼ並んで、『シルビアのいる街で』『カリフォルニア・ドールズ』『白夜』。そして新作が来るという一年だった。


さて冬休み。この時間を有意義に使おう。

帰国しました/バリ旅行でよかった経験について

1週間ほど海外、バリ満喫してきました。ほんと毎日超楽しかったー。

いくつかのよかった経験について

Alila villas Uluwatu というかつて経験した中で、そしてこれから泊るであろう中でもこれ以上はないってくらい素敵なホテルに泊まれたこと。断崖絶壁に立つロケーションは勿論だけど、リッツカールトン東京か、ここかという圧倒的なサービスレベルと僕らの期待値を一歩上回る驚きを提供してくれる。

アメニティはホテル独自ブランドで約20種類(日焼け止めだけで3種類。笑)/しかも毎日新しいアメニティが部屋に備え付けられる/レストランで席に座るとお搾りと共に、ミスト・虫よけ・日焼け止めが必ず提供される/レストランはコンプリメンタリーサービスで10種のディップ付きの前菜/毎日1時間のヨガが無料で受けられる/移動はすべて専用クラブカー/写真は絶対2回撮ってくれる/1万円スパが無料で受けれる/記念日に部屋に戻ると花束と30このキャンドルが灯されてお祝い/部屋でトイレットペーパーがちょっと使っただけなのに毎日取り換えられる/シャワーが7方向から出る/iPodが部屋にセットされてる/1日2回のルームメイキング/etc

1泊1.5万円でプライベートプール付き200㎡のヴィラに泊まれるバリなのに、1泊7万円したけれど。また10年後とかに泊まりたいなー。

 

・向こうでどんどん円が下がっていく経験。初日の両替レートが122円くらいだったのが最終日117円くらいになった。何か日本あったのかと思ってたら衆議院解散とかトヨタの過去最大級のリコールとか、森光子が亡くなったりとか色々あったみたいで。円の価値と言う基準/面白い立ち位置で日本の動きを見れたので、それはいい経験だった。

・あと向こうのかっこいい服と出会い、まだ手の付いていないブランドの仕入れとか面白そうだなとちょっと本でも読みたくなったり。いくつになっても興味の幅を広げられ続ける人でありたいなあ、と。

 

さてしばらく日本にいなかったので、見たい映画(『危険なメソッド』、『合衆国最後の日』、『ハハハ』、『映画と恋とウディ・アレン』、『声をかくす人』勿論『Playback』をもう1回)がたまっていて、今日は渋谷へ!という計画だったけれど、ものすごい雨に外に出る気を奪われたので、最近見たけど書くことをさぼっていた映画評について少しずつ書くことにでもしようかなと思います。ではでは。

It was a Beautiful day (朝霧jam日記 1日目)

ブログを書いていてよかったなー、と思うときがある。そんなことを思うのは、今晩のように、過去の日々を思い返したくなる夜ばかりだ。果たして自分自身にとっていいことなのかどうかと考えてしまう。一体何故自分自身の過去を思い出すことを、禁欲的であれ、と責められなければ・責めなければならないのか。映画のように、決してPlaybackが叶わないからだろうか。とにかく、僕にとって過去を思い出すことは、甘美な、嵌りすぎると帰ってこれなくなる誘惑なのである。精いっぱい遊ぶことであれだけ忙しかったのに、それでもせっせと長文を残した、自分と時間を共有していた友人たちを誇らしく思う。
言うまでも無く、僕が祝日の夜を、感慨にふけり過ごすのは、この2日間の朝霧ジャムのせいである。

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ほとんど深夜、渋谷。ローソンの前で集合といっただけで、僕は早速にも2007つまり大学4年のフジロックを思い出してしまっている。それは僕にとって原体験である。あのときもA以外は誰も知らない友人たちの車に、道端で待ち合わせをした。確か湘南台だろうか、藤沢だったろうか。とにかくそのあたりに、早朝大荷物を背負って向かったものだ。あれから、何度かのフェスは知らない人ばかりと行くことも、道端で待ち合わせることもなかったように思う。

友人のタカシは遅れると連絡来たので、待ち合わせ場所のローソン前で知らない人たちが朝霧っぽい恰好して誰かを待ってたので、あのタカシの友人ですかと声かけをすれば、いえ違いますと返され、それはすみません、という体で顔を赤らめた。ローソンで飲料など購入し、出ようとしたらメンバーは続々と集まっていて、見知った顔と思ったらタイセイとツヤさんで、彼らは一度タカシ宅のホームパーティーで会ったことがあるので、それはそれはと安心する形となった。そのあと遅れてタカシがきて、ユミさんがきて、もうひとりのユウカさんとやらは全然来ずに、そういえば2007もケイちゃんが全然現れなかったことなど思い出していた。30分ほど待てばユウカさんも来て、さて行きますかという形で出発する。

飲まない・運転できる・車持ってる、まさに運転手の鏡であるタイセイにすべてお任せする形でわりと眠っていたら静岡県まで着いて、スーパーで、マッカランやチェアやブルーシート、翌日の朝食の材料など購入し、朝霧へ再度向かう。昼過ぎにはふもとっぱらに着き、なんていい景色なんだふじさんー!と叫び、早速テントなど立て買い込んだビアーなどで、カンパーイ!とやる。その場の会話でOKI DUB AINU BANDは別にいいよね、との合意がなされ、GOMAちゃんに照準あわせ会場へ。

5月の日比谷宇宙の日ROVO祭りではGOMAはとにかく良かった記憶があり、酒とGOMAにやられた僕は代わりにROVOの記憶は一切ないわけだが、しかし今回はそのときほどではなくて、酒が足りなかったのか、それとも事故を潜り抜けたGOMAが観客への感謝に溢れ、その感謝の意味とかに疑念を持ったからなのか、とにかくその「あなたたちのおかげで、いま生きていけます、ありがとう」の言葉に僕は共感できず、GOMAの熱心な信者ではないことを再確認した。GOMAは動きも言葉もどこか教祖的なところがあるので、そうならないことを祈る。教祖になった音楽やる人ほど僕の好きから程遠い人はいない。それでもめいいっぱい踊った。

そんなだから疲れた体に鞭打って向かったMOONステージの鎮座DOPENESS & DOPING BANDはほんとに最高で、見たのは2年前のFESTA de RAMA以来で、あのときから僕は鎮座のシニカルな笑いと適当だけど確実なラップの虜なのだけど、今回もフリースタイルとか大分かっこよくて、PUNPEEも鎮座もそうだけど、フリースタイルほどライブの魅力がつまった瞬間はないなーと思うし、だからHIP HOPはやめられない、と思った記憶がある。定番の「いってんのかいかされてんのか」「やってんのかやらされてんのか」とか楽しい言葉遊びに、鎮座もだいぶ楽しそうに踊るのだから、つられて僕も満面の笑顔で踊ったものだ。

ジントニックなど各種アルコールにまみれ、レインボーステージに帰ったら、スケボーダーには憧れのトミー・ゲレロがやっていたのだけれど、眠すぎて起きたらWILCO JOHNSONになっていて、ゲレロは完全寝過ごした形になり、残念に思いかけたけれど、よく考えたら、憧れはあれど彼の音楽にはまったことなんて一度もないので、そんなに残念でもなかった。それよりも、前回の経験を踏まえられていないというか、朝霧寒いよね、という記憶はなかったため薄着でいったところ寒くて目覚める形になったことのほうが残念だ。起きたらタカシがうまそうなラーメン食ってたため、僕も購入し、ふつうに店で食ってもうまいよね、とふたりで結論づいた。

ドクター・フィールグッドもウィルコ・ジョンソンも僕の人生にはまったく無関係の存在だったので、しかし周囲の皆はわりと好きなようだったので、社交的で場の雰囲気を壊すことを嫌う僕はトイレに行く振りをしてムーンステージに向かうも、CUT CHEMISTは音楽むかつくぐらいぶちぶち切るタイプのDJで30秒くらいで嫌になる結果に終わり、毛布借りて早々にレインボーに戻る。丁度いい具合に、ウィルコ・ジョンソンも終わっていてタカシと飲料を探しに向かう。ところ天国で、天国行きたいですかー?と「勿論さ」と答えるしかない問いを受けたので、天国ビールというものを初めて飲み、これはマリブ+テキーラ+ビールの組み合わせで酒×酒×酒という一切寄りそう気のない飲み物で、しかしマリブの飲み口やわらかく、アルコール度高いココナツジュースのような形でたいそう美味しく、僕とタカシはこれを朝霧のソウルドリンクにしようと喜んだ。

そうこうしてればリー・ペリー登場の合図らしい井上陽水が流れ、みんなで2012フジロックのことを思い出し大合唱し、リー・ペリー・バンドが出てくる。確実に3人くらいは殺してるよね、あの人と黒人の容姿について無責任な発言、そして談笑を行っていると、齢80近いおじいちゃんが現れ大歓声が起こる。2011フジロック同様、今回で見れるの最後かもよ、という囁きが周囲で広がる。リー・ペリーは自分が見世物になっていることをわかりきった動きをしてくれるので、ほんとにエンターテイナーだなあ、と感動をしてみせる。「ガンジャ・フリーダム!」と叫ぶのとかね。

リー・ペリーに興奮して、天国ビールをさらに飲みたくなり、お替りに向かうと、フェス友達のアサミから連絡来てるので合流し、しらふな彼女のうらやましい私生活の話などを聞いて楽しくなる。鉢巻きの人ミクさんや、ベビーフェイス君などと交えてわいわい話せばリー・ペリーも終わりそれではまた明日ーとお別れをし、タイセイらと合流する。キャンプサイトであるふもとっぱらに戻り、タイセイ自慢のキャンプセットにより焚き木をして、火を囲みながらフジロック恒例のタカシの怖い話。もう何度聞いたかわからないその話を聞くと、なぜだかまたフラッシュバック・メモリーズするのだ。2時間くらい焚き火を囲んで、談笑すれば暖かい毛布にくるまれ、快適に眠るだろう。

『Playback』(三宅唱)

友人でもある彼の映画について、なにかまじめに書くことはむず痒いし、そして、とても緊張する行為だ。

しかし、それでも文章を打ち進めようと思うのは、三宅唱の新作『Playback』が、彼の燦然と輝くフィルモグラフィの中でもやはり最高の傑作だ、と言わざるを得ないからである。

 

この世界に「トニー・スコットの真の後継者だ」と自信を持って言える監督がいるとするならば、やはり三宅唱しかいない。あらためてそう感じた。男2人を並べて、同じフレームに収めること、そしてその「関係」を描くこと、すなわち「演出」という行為において、ほとんどトニスコの映画を見ているような感動を覚えるし、男3人<ハジ/ボン/モンジ>を並べれば(『やくたたず』でその片鱗は十分に見せていたが)世界でも彼の右に出るものはいないのでは、とすら思えてしまう。彼の演出力を前にすれば、白黒だカラーだ(あるいはフィルムだ/デジタルだ)、ということですら重要でなくなるだろう。

三宅唱という監督の映画を、ぼくがはじめてみた『4』や『マイムレッスン』(どうやら6年も前らしい)以降、ほとんど唯一共通して描かれる主題めいたもの、があるとすれば、「遅れてしまった」感覚ではないか、と僕は考えている。映画中に遠藤が言うように「選択の結果」の「やっちまったなー」感あるいは「取り戻せない」感と言い換えてもいいだろう。(一体リア充代表の彼において、どんなトラウマがあって「遅れてしまった」感を描きたがるのか、と聞いてみたくもあるが!)
今作も冒頭から「遅れてしまった」感に満ちたシーンが連続して描かれる。当然映画は引っ越しから始まるわけだが、最初わけもわからず「引っ越し」にサインし、そして段々理解していく、ハジの「遅れてしまった」感といったら、痛快の極みだ。
そしていよいよ本作では、「遅れてしまった」感を取り戻すために、過去へとプレイバックしてすら見せる。その意味で本作は、彼が描きたかったものに対して、最も向き合った映画であるだろうし、故に我々観客は、彼の映画の中でも最も心惹かれるのかもしれない。

また映画中、何度も繰り返される「お前の話」「俺の話」あるいは「俺の話じゃない」というフレーズも印象的だ。なによりも、ロカルノ映画祭で使用されたであろう英語字幕バージョンでは、「your story」「my story」「This is not my story」という言葉群が字幕を踊ったであろうことを想像すれば、それだけで超かっこいいことだし、僕は興奮の極みに到達してしまう(勿論、英語字幕バージョンを見たわけではないので、僕の妄想に過ぎず全然違った場合はご容赦頂きたい)

 

思うところを書いてはみたが、難しいことを言わずとも、アメリカ映画のように、ただかっこよくて、ただ面白い、最高の映画である。日本では彼の名前を知らない映画人は、既にほとんどいなくなったのでは、とすら思うが、いづれ(きっとそこまで時間はたたないだろうが)、アメリカで彼は凄まじい映画を撮るだろうし、世界的に三宅唱の名前は有名になるだろう。僕は6年前からそう言い続けている。だから、いま彼が凄い勢いで駆け上がっていることが嬉しくてしょうがない。

その三宅唱の新作『Playback』は、11月10日からの渋谷での劇場公開する。是非駆けつけてほしい。

http://www.playback-movie.com

 

 

僕は本作を、ぴあフィルムフェスティバル@フィルムセンターで見たのだが、本人も言うように、フィルムセンターで彼の映画が上映されることが幸せでならない。次回は、三宅唱生誕100年、三宅唱死後のレトロスペクティブだろう。笑

そして彼の映画の魔力で集まった久々のメンバー8人でのプレイバックナイトも個人的には触れておきたい。ひさびさにシネフィルと触れて、2時間映画についてしか話さず、かつての興奮を思い出した。最後のその場で言及された映画を、記して、お茶を濁して終わりにしようと思う。いいと言われたものも、ぼろぼろに罵倒されたものも羅列する。(言及されるということが素晴らしい)

『スパイの舌』『やくたたず』『Playback』(以上、三宅唱)、『デジャヴ』『アンストッパブル』(以上、トニー・スコット)、『幸せへのキセキ』『あの頃ペニーレインと』『エリザベスタウン』(以上、キャメロン・クロウ)、『フェイス・オフ』(ジョン・ウー)、『エア・フォースワン』(ウォルフガング・ペーターゼン)、『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』『アメリカの影』『こわれゆく女』『ラブ・ストリームス』『フェイシズ』(以上、ジョン・カサヴェテス)、『私の中のあなた』(ニック・カサヴェテス)、『ブロークン・イングリッシュ』(ゾエ・カサヴェテス)、『シルビアのいる街で』『イニス・フリー』(以上、ホセ・ルイス・ゲリン)、『回路』『贖罪』(黒沢清)、『夜よ、こんにちは』(マルコ・ベロッキオ)、『ザ・タウン』『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(以上、ベン・アフレック)『ミッドナイト・イン・パリ』『人生万歳』(以上、ウディ・アレン)、『ゾディアック』『ソーシャル・ネットワーク』『ドラゴン・タトゥーの女』(以上、デヴィッド・フィンチャー)、『桐島、部活やめるってよ』(吉田大八)、『ダークナイト・ライジング』(クリストファー・ノーラン)、『ヤング≒アダルト』『JUNO』『マイレージ・マイライフ』(以上、ジェイソン・ライトマン)、『ラブ&ドラッグ』(エドワード・ズウィック)、『東京上空いらっしゃいませ』(相米慎二)、『わたしたちの宣戦布告』(ヴェレリー・ドンゼッリ)、『ライク・サムワン・イン・ラブ』(アッバス・キアロスタミ)

一番笑ったのは、中学の時何見てた、みたいな話で、ある人が「クロキヨ(黒沢清)」といったとき、俺とFは、「(マルコ・)ベロッキオ」と聞き間違えて、すげー、となった話。

金沢、柴田聡子

土日に相方と金沢にいってきた。4年ぶり、2度目の金沢。まえいったときは仕事で、だけど仕事じゃないくらい楽しかった記憶に溢れ、ずっと行きたかったので嬉しい。信頼できる人たちのサジェストに基づいて過ごした2度目の金沢も最高に楽しかったし、とりわけ、なんたる偶然か、柴田聡子と出会えたことが金沢という地の思い出を決定的なものにした。

初日にオヨヨ書林という魅力的な女店主が営む古本屋で、J.M.クッツェーの『恥辱』と、ジャック・フィニイの『盗まれた街』を購入したあと、「柴田聡子」の名前が記されるフライヤーを見つけ、この名は僕の友人が言及、というか強く強くサジェストしていたシンガーソングライター(間違ってはいない表現だろうか)の名前で、日付を見れば彼女の歌うイベントは明日でまあなんてこと、ということで大いに喜び、早速相方にこれにいこうと強く説得する。

その日は金沢を大いに満喫し、ホテルに帰り、柴田聡子をyoutubeで聞いてみる。しかし全然響かず、顔もかわいくないように見え、一体この人のどこが、という状態で、ついには相方もわたし全然行きたくないから、行きたいならひとりでいけばと言いだす始末で大変なことになる。その信頼する友人からのサジェストだけで構築されていた僕の自信は、しかし映像を見てしまえば、全然良くないのではないかと疑念が湧くばかりで、次の次のとほとんどすべての映像を見ていたが、その疑念はついぞ払拭に至らなかった。結局翌日まで悩みぬき、最後、信頼できる友人がここまで言うのだから、という信頼だけに頼る形で、相方を説得し、ライブ会場に足を運ぶ。ほとんど間違いなくリコメンド元が彼でなければ行かなかったであろうというくらいの状態にあった。

3組の出演者の中で、柴田聡子は最後で、まずはyojikとwandaという人たちで、yojikの歌声はすごくて、うまいなーというところで、「若い人」という曲を歌うyojikの姿はまるでクラムボンなんかを彷彿とさせたし、「I LOVE YOU」という曲のテンポ感や、しゃべり口調なんかはとても好きで、詞もとてもよく、「私の曲は結局アイラブユー/自分を肯定するためのアイラブユー/うわついたラブソングでしかないのアイラブユー」なんて危うく涙が出かねんところだった。しばたさとこにまだ不安な気持ちがいっぱいの僕たちふたりは、それでもとても良い音楽が聞けたから、これで柴田聡子があれでも、まあよかったよね、という会話で予防線を張ることに勤しんだ。

次の加藤りまという人はひどくて、相方も僕もあちゃーという感じで、これはまた心配のボルテージは向上する。

そして柴田聡子が登場する。

くろぶちめがねと変な髪形の彼女はしかし、youtubeで見ていたようなぶさいくさんとは違って、とてもかわいらしい子であれれ?と言う感じでそして、ほかにも数人登壇し、柴田聡子が口を開く。「しばたさとこバンドです」すっかりひとりの弾き語りかと思っていた僕らは、へえとなり、あとで気づいたのだが、ギターはテニスコーツの植野さんで、ベースはラブクライの三沢さんで、どうりで上手いと思っていたけれど、なんて豪華な、この金沢の30人(それでも超満員!のお客さんのために)そしてドラムは現代音楽専攻の大学教授とのこと。

緊張は高ぶるも、果たして、柴田聡子が最初の一音を発したところで、すぐに自分の疑念が、吹っ飛ぶのを感じる。大きな口をあけて、精いっぱい歌うさまはとても魅力的で、しかしその口から発せられる音のどれもが儚くも、感情を揺さぶられ、一時間半もの間ほとんどの曲で鳥肌を立てた。「カープファンの子」なんて、一生この曲に終りが来ないで、ループし続けてくれたら、彼女の声を聞いていられたら、それはどれほど幸せなことだろうと思った。

少し長い前髪からのぞくころんとした目で、共演のプレイヤーたちを必死に見つめ、タイミングをあわせようとする姿なんて、とにかくかわいくて、あんな目で見つめられる三沢さんをとてもうらやましいとおもった。

歌詞もへえ、そうした発想ができてしまうのかこの子は、と驚くことが多かったのだけれど、たとえば「芝の青さ」なんて、コンプレックス持った女の子の歌(だと思うのだけど)、ふつう次生まれ変わったら「このニキビをなくして」「もっと足を細くして」なんて願いそうなものだけれど、彼女は次生まれ変わったら「別の星にお願い」なんてことを平気で言ってしまう。だからアンコールが終わり、どうしても彼女に感情を揺さぶられたことを伝えたく、「しばたさん」と呼びかける。お礼と、いきさつを話せば、「それは、いい夜でしたね」と返ってきて、僕なんかがこの偶然を運命的だなんて感じでしまう一方で、へえ、そういう発想になるのだ彼女は、とまた驚く。「つぎは東京で」と言う。つぎのライブがたのしみでしかたない。

相方も満足したようで、かえりみち、金沢の商店街をぼくたちは「カープファンの子」を熱唱しながらあるく。友人からおすすめされた、池田町バルバールというお店で、柴田聡子についてや、信頼についてなどをふたり饒舌に語る。とてもいい夜だった。なんだか夢のような。this night still dreaming.
それから2日間たったいまでもくちずさめば柴田聡子のうたが出てくる。すっかり、ぼくは柴田聡子に夢中です。

8:20-8:26

八月二十日(月):ひさびさに会社。トニスコの死を知る。帰宅後23時半・どうしても、なにか映画を見たくなって『彼女が消えた浜辺』<about Elly>(アスガー・ファルハディ)見る。一瞬の演出で、画面を一気にサスペンスフルに持ち込む演出に感嘆する。この監督他に何撮ってるのかなーと調べたらこないだブンカムラで見た『別離』も同監督で、あれはしょうもない映画だったので残念だ。

八月二十一日(火):夜、相方とご飯。友人がとんでもないスペアリブを食わせる店がある、とおすすめしてくれた武蔵小山の「キッチンリブス」にいこうとするが、何度かけても電話が繋がらずおよそ休業日だろうと。代わりに同じく武蔵小山の『リストランテ フィーロ』へ。前菜盛り合わせ、渡り蟹のトマトソース パスタ、鴨もも肉のコンフィなど。コンフィがでらべっぴんうまかった。9月に金沢にいくことを決めた。二十一世紀美術館にまた行けることが楽しみで仕方ない。

八月二十二日(水):アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』読み終わった。これで『レベッカ』と同時に読み進めた他の本たちをすべて先に読み終えることになった。ベスターはまるでウィリアム・ギブソンのようにハチャメチャ・パンキッシュな文章で、しかし全編貫く「執念」だけ全くぶれないでいた。結局のところハヤカワSFが何よりも面白いのだとあらためて感じた。

八月二十三日(木):夜、打ち合わせにて、こんなことしようぜ、と脇道にそれた内容でワクワクした。早速キックオフをセッティングした。

八月二十四日(金):ブルーハーブ/サ上とロ吉のライブ。うちの相方がフクダがちゃらいと信じてやまないことを告げたところ、一回会ったら清廉潔白さが伝わるはずと言っていたがとてもリスキーな行為だと思った。24:30・タケシと武蔵小山で合流し、つけ麺慶次で飯食って、マックで打ち合わせ。深夜3時解散。

八月二十五日(土):ぐだぐだぐだして、夜、特製サンドウィッチを作り、ビデオ屋で『50/50』(ジョナサン・レヴイン)借りてきて見る。この映画を見た人が90%同じことになるだろうが、終盤、セス・ローゲン演ずる親友の家のシーンでおいおい泣く。トニスコも同じ気分だったのだろうか。アナ・ケンドリックという子はとても魅力的なのでもっと映画に出てほしいと思う。朝まで『レベッカ』(デュ・モーリア)、いよいよ読み終わる。なんていう小説だろう、と思う。こんなに凄い小説は他に読んだことないのでは、とすら思ってしまう。今こそ、好きな作家にデュ・モーリアと挙げよう。

八月二十六日(日):いまから相方の誕生日のサプライズパーティーをしにいく。新宿へ向かう。

 

TBH/サ上とロ吉

わずか2か月で3回目のTBH、横浜クラブリザード。フクダとモリシと。完全にブルーハーブ信者やんとフクダに言われたが、『TOTAL』出てから2ヶ月間はほんと『TOTAL』しか聞いていなく、iPhoneに『TOTAL』しか入ってなかったことからもよくわかるところだ。サイプレス上野とロベルト吉野とのツーマン。

まずはサ上とロ吉で、とてもよくて、「終わコン」という曲やってたけど、「終わコン」という言葉は最近ある友人が連発して使用している言葉で、響きが素敵だなー、と思っていたので、その意味を知れただけでもとてもよかった。「音楽」「終わコン」「サ上」「終わコン」「ロ吉」「終わコン」と楽しく叫んだけどとても失礼なことをしたと今では反省している。

最近は「地」に訴えられるとどうにも弱い傾向があって、ブルーハーブの札幌は勿論だけど、田我流の山梨だとか、サ上とロ吉の横浜もそうだし、果ては『ダークナイトライジング』のゴッサムシティまで。地への愛情を訴えられるだけどどうにも涙腺が弱くなっていかんいかん。「横浜は俺らのヤサだから、だからお前ら自由にやれよ」とか「横浜で俺に恥かかせんなよ」とか、最後の全然有名じゃないけど、横浜の、ドリームランドのHIPHOP仲間がみんなステージ登ってラップしたやつなんて、踊りながらぼろぼろ泣いた。それは僕が特定の地を持たない、スティル根無草だから、より一層なのかもしれない。

一瞬だけひやーとしたのは、サ上とロ吉の曲名忘れたけど、有名な曲をロ吉がかけた瞬間、誰か客が「これを聞きたかった」と大声で叫んだ瞬間、サ上がぼそっと「だったら帰ってくれ」と言ったときで、さーっと血の気が引いたのは僕だけだったろうか。何事も無かったようにライブは続行されたが、これが恐怖か、という感情を久々に覚えたものだ。

その「終わコン」という言葉を連発する岡山の友人宅で見たのだが、ブルーハーブがはじめて東京、六本木コアでやった99年のライブDVD(今調べたらタイトルは『藷演武』というそうだ)、あれは感動的で、そんときはブルーハーブなんて誰も知らなかっただろうから、最初の方は全然人まともに聞いてないんだけどしばらくのうちに、観客の表情がどんどん変わってきて、「俺今とんでもない瞬間に出くわしてるんじゃないのだろうか」と多分そのときそこにいた誰もがそう思っていく様がしっかり映し出されてて、その友人宅はプロジェクター備え付けで壁一面にあんぐりとした顔が映し出されていくのが忘れられなかった。今日のライブ中は、なぜだかそのときのことを思い出した。それは彼らが再び挑戦者に見えたからだろうか。

友人はブルーハーブについて、CD1枚目は挑戦者、2枚目は先導者、3枚目は教育者という表現をして、いまだに忘れられない形容ランキング上位に入るものなのだけど、4枚目は、「そしてお前は神になった」と言いたいところだけど、一段高みにのぼって、そのステージで一から挑戦者をやってる、という印象を受ける。3度のライブでも「リスペクト」という言葉を連発することからもわかるように、1枚目や2枚目ではまず見せなかった周囲のラッパーや、音楽やる人たちへの尊敬の気持ちで、ボスからその言葉を聞くたびに、あー高みに登ったんだなという感覚を覚える。中途半端に登ってしまった人々の醜さ、偉そうさ、周囲への見下し感は僕には耐えられないなーという瞬間があって、だからボスのそんな思いが伝わってくる4枚目を僕は一番愛しているのだ。ライブ中、サ上とロ吉を何度も誉めたたえ、「お前らは勝ってるよ。でも俺もお前らには負けないよ」といったボスの表情が忘れられない。

こんにちわ、世界!!

この興奮を果たしてどう処理していいのか、自分の中の溢れる高ぶりを!ハロー、ワールド!こんにちわ、世界!

夏休みの目標にしていた、Wordpressを使ってサイトを完成させることができましたよ!とこの興奮を1人でも多くの人に伝えたくてしょうがない。

ほとんど三日三晩、文字通り寝食も忘れてPCに向かいっぱなしで、当然PHP言語なんて全然わからなかった私は、Google先生に問いかけながら、こうだろうか・こうかな、と適当にプログラムを打ち込んでみたり、そのたびに、どこかのページが消えてみたりを繰り返し、この高みまで到達することができた。この感動をまず誰にと問われれば、「いまは自分を誉めてあげたいです。」と答えるだろうし、たとえばFacebookコメントがでてきたときの喜びなんて、自分のことを言えば、半年間くらいで一番嬉しかったことではないだろうか。昨日深夜5時ごろ、「うおしゃー!!」と片手をあげて、大声で叫んだものだ。

かつて、1年半前、daichitanaka.comというドメインを取得し、ロリポップでレンタルサーバを借りてみてwordpressの本を買い、挑戦をしたときは、そもそもwordpressにログインすらかなわず、諦めて、レンタルサーバ代を1年ほど無駄に払い続けることになっていたので、苦節1年半、ようやく念願かないました、というところだ。思い変えせば、当時は「必然性」がなかったから、簡単に諦めていたのだろう。意志とは「必然性」か「覚悟」から生まれる。

最後に、wordpressを学んだことは、自身のブログを始めるため、ではなく、いよいよ、ちゃんと僕をここまで育ててくれた「映画」という産業に恩返しをするべく動き出していく、という決意であるし、はじめの一歩だ。その決意をさせてくれた友人たちに、スペシャルサンクスしたい。特に三宅唱という素晴らしい映画監督に感謝を込めて。ニューワールドはまだはじまったばかりだ。

ルビッチとハワードとモーリア

久々に渋谷シネマヴェーラでルビッチとハワードの映画満喫。会員証を再度作ってもらったのだけど、かつてのことを思い出して、ほんとどれだけヴェーラヴェーラ行ってたのだろうとか、映画見て友人と会ってそのままアルコールやカッフェに興じ、話したことだとか思い出して、あーいかんいかんとなる。大学時代にルビッチをやるとなれば、上映後、振り返って座席を見れば、知った顔の1つや2つ少なくともいたはずだが、今日はおじいさんばかしで、一体みんなどうしたもんだろうか。元気でやっているのだろうか。

ところで見た映画は、『街角 桃色(ピンク)の店』(エルンスト・ルビッチ)と『姫君海を渡る』(ウィリアム・K・ハワード)の2本で、ハワードと言えば当然ホークスかと思いきやウィリアムだ。ルビッチは、もはや彼の映画に例外はないのではと思うくらい、今回も当然のように最高で、あの終わり方だけはどうなの、と言いたい部分もありつつも、大層楽しんで見た。どうしようもなく最高だった。ハワードはキャロル・ロンバードがはじめてスクリーンに出た瞬間、わおと驚かされ、それは彼女がどう見てもグレタ・ガルボに扮しているからで、僕がかつて名乗っていたがるぼるという名前はグレタ・ガルボが好きすぎるからなので、もうそれだけで大満足だった。

スタバで珈琲飲みながら『レベッカ』読み、読んだ人にしか分からないけどあの仮装舞踏会のシーンの準備~当日~翌日あたりのシーンでもうなんて衝撃的なお話かしらとスタバであわわわわ、帰り道の電車でも引き続き読んでいたら、気づいたら2駅も乗り過ごした。帰ってカオマンガイ作って、ひきつづきwordpressをせっせとやる。