『ライク・サムワン・イン・ラブ』(アッバス・キアロスタミ)

アッバス・キアロスタミの最新作が東京で撮られた、その「奇跡」が起きただけで、現代日本に生きる僕たちは、足を運ばないことは恥ずべき行為である。そして、ある種義務的に足を運ぶ僕たちは、しかし後悔はしない、ということも保証したい。『ライク・サムワン・イン・ラブ』は映画でここまでの「恐怖」を覚えたのはいつ以来だろうか、と言わせるだけの力を持ったこれまた凄まじい傑作である。

別段オバケが出るわけでもないこの映画が、しかしどんなホラー映画よりも、恐怖映画たりえているのは、やはり「人間関係」こそが何よりも恐怖の対象となりうるからだろう。

優しかったおばあちゃんを「無視」することで携帯電話から聞こえる呪いのような音声(おばあちゃんは存在することから疑わしいのである種オバケ的でもあるが)。奥野匡が運転席、加瀬亮が助手席、そして高梨臨が後部座席に座る、嘘と歪んだ「人間関係」に満ちた密室の車内。真実を知っているもと教え子の存在。奥野匡をかつて愛した隣人。そしてあのラストシーン。

 

いやー、もう9.15、今日は何なのだろうね。

この前に見た『わたしたちの宣戦布告』で打ちのめされ、Bunkamuraからユーロスペースへの坂を昇るだけでも過酷な修行のようで、果たしてこのような凄まじい映画を見た後では、いくらキアロスタミでもかすんでしまうのでは…、なんて心配をよそに、『ライク・サムワン・イン・ラブ』もこれまたおっかない傑作で、9月15日に、この2本が公開されてしまった渋谷に何が起こっているのか、と。

「衝撃的」という前評判を聞いていたラストシーンはもう死ぬかと思った(笑)。恐怖映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』見終わった後に駅まで向かう渋谷に、いつもの親近感は湧かず、どこか初めて来た見知らぬ街のようで恐怖すら感じた。

 

ちなみに今朝の記事で紹介している( /archives/301/ )素晴らしい予告編は、アッバス・キアロスタミ作らしい(笑)どうりで凡庸で語りすぎな他の予告編とは比べ物にならないわけだ。

それに関する加瀬亮が記すエピソードが秀逸だったので、最後に紹介しておく。

「ピリピリした緊迫ムードの中、現れた巨匠は本作の予告編を携えていたという。「それがあまりにも素敵で、皆でシーンとなりました(笑)。いったい自分たちは何を作っていたのか? って、目を合わせたほど完成度が高かった。」

http://cinema.pia.co.jp/news/160078/48104/

 

 

『わたしたちの宣戦布告』(ヴァレリー・ドンゼッリ)

 

9月15日、渋谷。なんという日、そして場所なのか。

それ一本でも、現在に生まれ出ること、それ自体が奇跡のような圧倒的に凄まじい傑作が、しかも二本も同時にこの日、この場所にて公開されたのである。

 

そのうちのひとつは、ヴァレリー・ドンゼッリという決して有名ではない女優が撮った、撮ってしまった映画である。近年、ほとんど死にかけていた「フランス映画」が、いま、ここに復活した、と高らかに宣言したい。

 

そう、今日、渋谷Bunkamuraにて公開されてしまった、『わたしたちの宣戦布告』という映画は、この2012年現在に、生まれ変わってトリュフォーが再びあらわれ、映画を撮ってしまったといっても大げさではない、ヌーヴェルヴァーグ愛に満ちた凄まじいまでの傑作である。まるで、ブレッソンのような赤と青の対照的な色彩、ゴダールのようなカッティング、ドゥミのようなテンポとミュージカル性。僕たちが愛してやまなかったヌーヴェルヴァーグ映画群にまたひとつ奇跡のような映画が生まれた。気づいた時には、ジェレミー・エルカイムは、ジャン・ピエール=レオーにしか見えなくなる。

 

 

全編にわたって、一瞬も隙を与えぬ映画ではあるが、特にロミオとジュリエットの息子アダムが検査に向かうからの10分間は圧巻だ。ヴィヴァルディの『四季』「冬」の悲劇的な曲とともに、イメージの連鎖ですべてを語り尽くす映画的手法に息を飲む。

檻に閉じ込められたアダムが検査に向かう姿は、その泣き叫ぶ様は、ほとんど極刑を宣告され、刑務所に向かう囚人のそれにしか見えない。その姿を見れば、医師の口から、はっきりとそう告げられるまでも無く、アダムはわずか1才数カ月にして、死刑宣告を受けるだろうと気づく。

言葉の理解できる齢ではない彼の代わりに、死刑宣告は、その母親のジュリエットが受けるだろう。そして死刑宣告は伝染する。母親が病院を滑走する姿は勿論だが、なによりロミオが宣告を受けるシーンが素晴らしい。父親より先に、宣告を知っている僕たちは、階段を一段ずつ楽しげに昇るロミオの姿を、死刑執行の首吊りに向かう最後の階段を昇る姿に重ね合わせ、昇りきったところで死を迎えることを、誰もが予感する。当然、階段を昇りきった瞬間に、携帯電話を鳴らすだろう。彼はその場で、首を吊られたように座り込む。

 

そして物語はカタルシスに満ちたラストシーンに向かい疾走する。手術前夜の笑い。手術が成功し、しかし、その腫瘍が悪性だったことを知ったあとのふたりの振る舞い。「強くなろう」という言葉。パーティーの後の涙。名前を呼ぶだけで、「私もよ」と答えるシーンの充実した時間。

 

2012年現在東京に住む我々は、何をおいても、「トリュフォーの再来」が生み出したこの奇跡を一目見るために、すぐに渋谷に駆けつけなければならない。

 

『わたしたちの宣戦布告』 渋谷Bunkamuraにて公開中。

http://www.uplink.co.jp/sensenfukoku/

 

ちなみに音楽も素晴らしくてサントラすぐにアマゾンで購入した。

『ラブ&ドラッグ』『ヴァージニア』and『Playback』

最近バタバタしてて、久々におうちのPCひらく時間が取れたので、
備忘録もこめて最近見た映画(しょーもなコメント付き)と最近見たい映画について。
しかし映画を見ること・本を読むこととブログを書くことの時間的なトレードオフをすごい感じる。
(かつては日常だったが、書かなくなって久しいからそう感じるのか。)

 

■最近見た映画
『ラブ&ドラッグ』エドワード・ズウィック
DVDでみた。DVDの裏面の紹介で見てたときはまさかこんな映画だと思わなかった。
完全に笑えるセックスムービーだと思ってたけど、やー想定外な重さだった。
よかったけど、間延びしてた。
『プラダを着た悪魔』以降のアン・ハサウェイは神のごとくかわいいし、
彼女の出る映画は間違いなくおもしろいというドリュー・バリモア的な立ち位置になってきている。

 

『ヴァージニア』(フランシス・フォード・コッポラ)
ひさびさコッポラ。ここまで自由にやれてる老人監督を見るとほほえましい。
またエル・ファニングがヴァンパイア(じゃないのか)的な役で、
彼女にゾンビとか吸血鬼とかをやらせたがる監督のきもちがとても理解できます。

 

■今週見たい映画

3連休でなにか映画を見たいなーと思ったら下記の映画がベターかと。
並び順は僕の感覚によるおススメ順。(上の2つは多分間違いない)

 

『わたしたちの宣戦布告』(ヴァレリー・ドンゼッリ)
たぶんはんぱない。『Declaration of War』というだけで面白いことを確信している。
同じ女優が撮った映画として『テイク・ディス・ワルツ』の汚名返上を期待して1番推し。
http://www.uplink.co.jp/sensenfukoku/

 

『ライク・サムワン・イン・ラブ』(アッバス・キアロスタミ)
キアロスタミが日本で撮った初めての映画、というだけで、同時代を生きる日本人として、
足を運ばないことが恥ずべき行為だと断言したい。超楽しみ。
http://www.likesomeoneinlove.jp/index.html

予告編もむちゃやばい。

 

『スリープレス・ナイト』(フレデリック・ジャルダン)
ストーリーを見た瞬間、大傑作『アンダーカヴァー』(ジェームズ・グレイ)を想起させ、
それだけで見たくなっている。
http://www.sleeplessnight.jp/

 

『デンジャラス・ラン』(ダニエル・エスピノーサ)
デンゼル・ワシントンの出る映画は、条件反射のように見ることが決まるので、今回も。
ただトニー・スコットの不在を悲しむ機会にならないことを祈る。
http://d-run.jp/

以上見た映画見たい映画でした。

 

そして言わずもがな『Playback』(三宅唱)も11月の劇場公開に備え、いよいよ先行上映。

9/16(日)水戸短編映画祭
9/19(水)ぴあフィルムフェスティバル ⇒僕はここでいく。京橋フィルムセンター
9/23(日)京都シネマ
http://www.playback-movie.com/

 

 

金沢、柴田聡子

土日に相方と金沢にいってきた。4年ぶり、2度目の金沢。まえいったときは仕事で、だけど仕事じゃないくらい楽しかった記憶に溢れ、ずっと行きたかったので嬉しい。信頼できる人たちのサジェストに基づいて過ごした2度目の金沢も最高に楽しかったし、とりわけ、なんたる偶然か、柴田聡子と出会えたことが金沢という地の思い出を決定的なものにした。

初日にオヨヨ書林という魅力的な女店主が営む古本屋で、J.M.クッツェーの『恥辱』と、ジャック・フィニイの『盗まれた街』を購入したあと、「柴田聡子」の名前が記されるフライヤーを見つけ、この名は僕の友人が言及、というか強く強くサジェストしていたシンガーソングライター(間違ってはいない表現だろうか)の名前で、日付を見れば彼女の歌うイベントは明日でまあなんてこと、ということで大いに喜び、早速相方にこれにいこうと強く説得する。

その日は金沢を大いに満喫し、ホテルに帰り、柴田聡子をyoutubeで聞いてみる。しかし全然響かず、顔もかわいくないように見え、一体この人のどこが、という状態で、ついには相方もわたし全然行きたくないから、行きたいならひとりでいけばと言いだす始末で大変なことになる。その信頼する友人からのサジェストだけで構築されていた僕の自信は、しかし映像を見てしまえば、全然良くないのではないかと疑念が湧くばかりで、次の次のとほとんどすべての映像を見ていたが、その疑念はついぞ払拭に至らなかった。結局翌日まで悩みぬき、最後、信頼できる友人がここまで言うのだから、という信頼だけに頼る形で、相方を説得し、ライブ会場に足を運ぶ。ほとんど間違いなくリコメンド元が彼でなければ行かなかったであろうというくらいの状態にあった。

3組の出演者の中で、柴田聡子は最後で、まずはyojikとwandaという人たちで、yojikの歌声はすごくて、うまいなーというところで、「若い人」という曲を歌うyojikの姿はまるでクラムボンなんかを彷彿とさせたし、「I LOVE YOU」という曲のテンポ感や、しゃべり口調なんかはとても好きで、詞もとてもよく、「私の曲は結局アイラブユー/自分を肯定するためのアイラブユー/うわついたラブソングでしかないのアイラブユー」なんて危うく涙が出かねんところだった。しばたさとこにまだ不安な気持ちがいっぱいの僕たちふたりは、それでもとても良い音楽が聞けたから、これで柴田聡子があれでも、まあよかったよね、という会話で予防線を張ることに勤しんだ。

次の加藤りまという人はひどくて、相方も僕もあちゃーという感じで、これはまた心配のボルテージは向上する。

そして柴田聡子が登場する。

くろぶちめがねと変な髪形の彼女はしかし、youtubeで見ていたようなぶさいくさんとは違って、とてもかわいらしい子であれれ?と言う感じでそして、ほかにも数人登壇し、柴田聡子が口を開く。「しばたさとこバンドです」すっかりひとりの弾き語りかと思っていた僕らは、へえとなり、あとで気づいたのだが、ギターはテニスコーツの植野さんで、ベースはラブクライの三沢さんで、どうりで上手いと思っていたけれど、なんて豪華な、この金沢の30人(それでも超満員!のお客さんのために)そしてドラムは現代音楽専攻の大学教授とのこと。

緊張は高ぶるも、果たして、柴田聡子が最初の一音を発したところで、すぐに自分の疑念が、吹っ飛ぶのを感じる。大きな口をあけて、精いっぱい歌うさまはとても魅力的で、しかしその口から発せられる音のどれもが儚くも、感情を揺さぶられ、一時間半もの間ほとんどの曲で鳥肌を立てた。「カープファンの子」なんて、一生この曲に終りが来ないで、ループし続けてくれたら、彼女の声を聞いていられたら、それはどれほど幸せなことだろうと思った。

少し長い前髪からのぞくころんとした目で、共演のプレイヤーたちを必死に見つめ、タイミングをあわせようとする姿なんて、とにかくかわいくて、あんな目で見つめられる三沢さんをとてもうらやましいとおもった。

歌詞もへえ、そうした発想ができてしまうのかこの子は、と驚くことが多かったのだけれど、たとえば「芝の青さ」なんて、コンプレックス持った女の子の歌(だと思うのだけど)、ふつう次生まれ変わったら「このニキビをなくして」「もっと足を細くして」なんて願いそうなものだけれど、彼女は次生まれ変わったら「別の星にお願い」なんてことを平気で言ってしまう。だからアンコールが終わり、どうしても彼女に感情を揺さぶられたことを伝えたく、「しばたさん」と呼びかける。お礼と、いきさつを話せば、「それは、いい夜でしたね」と返ってきて、僕なんかがこの偶然を運命的だなんて感じでしまう一方で、へえ、そういう発想になるのだ彼女は、とまた驚く。「つぎは東京で」と言う。つぎのライブがたのしみでしかたない。

相方も満足したようで、かえりみち、金沢の商店街をぼくたちは「カープファンの子」を熱唱しながらあるく。友人からおすすめされた、池田町バルバールというお店で、柴田聡子についてや、信頼についてなどをふたり饒舌に語る。とてもいい夜だった。なんだか夢のような。this night still dreaming.
それから2日間たったいまでもくちずさめば柴田聡子のうたが出てくる。すっかり、ぼくは柴田聡子に夢中です。

『桐島、部活やめるってよ』(吉田大八)

僕がRSSに登録している人たちが、揃いも揃って傑作、いとおしい、存在してくれてありがとう、と言う。

こうも周囲で騒ぎたてられては、全く見る気がなかったこの映画に足を運ばないわけにはいかない。文句のひとつでもつけてやろう、そんな意気込みで挑んだものの、全く打ちのめされてしまった。

最後の、屋上のシーン。もうほんと泣いた。涙の粒ではなく筋が頬を伝うのがわかった。映画館はそのとき二分されていた。劇場の後ろの方ではみんなが大声で笑い、一方前方は笑う人はひとりもいなかった。映画館にもカースト制度の残骸を見てとった。僕は高校時代、スクールカーストはBの中(Aのちょいヤンキーぽいやつとも話せるし、Cの人たちとも表面上は公平に接し、Dは軽くいじめる。ちなみにうちの学校には特A、つまり桐島はいなかった)に位置していたが、中身はこの映画における神木くんと同じこと考えていた。そのときスピルバーグ見に行かないやつとかほんとしょーもないと思っていたが、同じように、このシーンで笑うやつ、たぶんスクールカーストでいうとBの上以上だろう(でないと笑えるはずがない)ほんとしょーもない、と思った。

この吉田大八という映画作家が、大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』を意識していることは、『グミチョコ』と同じシチュエーション、つまりマニアックな映画の上映で出会う少年少女や、映像と音をオーバーラップさせる屋上のシーンを見れば明らかだ。僕は『グミチョコ』信者で、漫画・小説はおろか、絶対つまらんでしょそれはという映画すら公開初日に足を運んだくらいなので、映画館のシーンとか、惨すぎて直視するに堪えず、いや勿論見るんだけど、こんなの酷い、と心の叫びをあげた。吉田大八は、橋本愛に、かつてカーストを自在に駆け抜けた山口美甘子と同じ素質を与えながら、決してAランクから降りさせないことで、神木くん演ずる「かつての僕たち」の夢や希望を打ち砕く。僕たちは、現実がそうであったことと同様に、憧れの少女との「グミ・チョコレート・パイン」を行うことすら、許されない。

屋上のシーンが、近年のいかなる映画における場面よりも美しいのは、神木くんa.k.aかつての僕たちが、スクールカーストAランクへの抵抗を見せること、そのカタルシスだけに尽きない。みなが示唆するように「キリスト」を文字って付けられたであろう「桐島」が見せる、万人への愛が、このシーンで結実するからこそ美しいのだ。同じく少年少女が8mmフィルムでゾンビ映画を作り上げる『SUPER 8』は、エル・ファニングという少女の存在によって、映画がはじめて完成した(列車が迫ってくる瞬間のエル・ファニングの見せる表情は映画史に燦然と輝くものだ)。しかし『SUPER 8』とは異なり、憧れの少女との交流を許されない神木たち映画部は、「女性不在の映画」を作るしかない。「女性不在の映画」なんて映画ではないという、ということを経験から十分に知っている神木くんは、長髪の男子映画部員を女装させるしか選択肢は残されていないだろう。しかし、「桐島」の万人の愛は、神木くんたちですら、見捨てはしない。自身が、屋上から飛び降りる「幻想」を見せることで、みなを屋上に集結させるのだ。そうして、神木たちの撮る映画は、橋本愛の限りなく美しい表情を捉え、奇跡の映画は完成するだろう。「桐島」の起こす奇跡は、それだけに留まらず、橋本愛のスクールカーストをぶち壊す平手打ちや、東出昌大の成長・越境、そして交流を生みだすだろう(あの「告白」のシーンの奇跡のような美しさは一体何だったのだろうか)。

あらためて言おう。「桐島、部活やめるってよ」という、日本映画の新たなる金字塔たる名作が生まれたことを、僕は両の手ばなしで喜びたい。うれしくてうれしくて仕方ない。

『テイク・ディス・ワルツ』(サラ・ポーリー)

予告編、『ラジオ・スターの悲劇』が流れる中、トロッココースター乗るシーンを初めて見たときから、ものすごーく楽しみにしてた『テイク・ディス・ワルツ』を見た。監督が役者ってのがやはり懸念事項で、そのような映画においてほんとに物凄いのにあんまり出会ったことないので心配だ(ベン・アフレックのアメリカ映画2本とショーン・ペンの初期作品とドリュー・バリモアの『ローラーガールズ・ダイアリー』くらいだろうか思いつくものは。ジョン・カサヴェテス、クリント・イーストウッドのことをわざわざエクスキューズすることは野暮だろう)。そういう心配はあたるもので、最初の1時間の緊張感も躍動感も一切ない映像の羅列にはとにかく、あーやっぱりやっちまったなー、というのが正直なところだ。ホセ・ルイス・ゲリンの『シルビアのいる街で』を見た後に、あのストーキングシーンを見させられる時間はなにかの試練かとすら思えてしまう。

『ブルー・バレンタイン』がそうであったように、撮る人が撮れば素晴らしい映画になりうるだろうこのテーマなのに、もうずっと眠気を耐えうるに必死だった。となれば映画を見る目的はもはやあのトロッコジェットコースターのシーンを見ることで、そこまではなんとしても、となんとか眠ることを耐え忍ぶ。ところが、浮気相手がリキシャで旦那(セス・ローゲン)と嫁(ミシェル・ウィリアムズ)乗せるところがとにかく素晴らしく、あの心の揺らぎ・筋肉に目を捕らわれる様はなかなか描けるものではないし、そこから、トロッココースター含めいくつか充実したシーンが存在したことは伝えておこう。ホームパーティーのシーンであの曲を選ぶことができたのだから、サラ・ポーリーという人はとにかくセンスは良いのだろう。

ただいかんせん映画を見ていなすぎで、例えば心が揺れ動いた嫁が夫に「告白」するシーンがばっさり飛ばされてしまうことは、「告白」がいかに映画において重要なシーンとして撮られ続けてきたかについて全く経験がないことを証明している。『桐島、部活やめるってよ』のラスト、神木くんの「告白」の充実さに触れれば、「告白」シーンをカットするなんて、よもや想像もできない行為だろう。こういった経験のなさを露呈し続ける行為一つ一つでこの監督への信頼は失われてゆく。役者出身であるから撮れたのかもしれない、ラストシーン、久々に会った旦那のもとを去るときのミシェル・ウィリアムズの表情がとてつもなく素晴らしいだけに残念だ。

しかしミシェル・ウィリアムズをウィキペディングしてみたら、ヒース・レジャーの元妻なのね。離婚して数ヵ月後に彼が自宅で薬物摂取で死んでるなんて、誰かその話を映画化してください。ということを知れたのでよかったかもね。

8:20-8:26

八月二十日(月):ひさびさに会社。トニスコの死を知る。帰宅後23時半・どうしても、なにか映画を見たくなって『彼女が消えた浜辺』<about Elly>(アスガー・ファルハディ)見る。一瞬の演出で、画面を一気にサスペンスフルに持ち込む演出に感嘆する。この監督他に何撮ってるのかなーと調べたらこないだブンカムラで見た『別離』も同監督で、あれはしょうもない映画だったので残念だ。

八月二十一日(火):夜、相方とご飯。友人がとんでもないスペアリブを食わせる店がある、とおすすめしてくれた武蔵小山の「キッチンリブス」にいこうとするが、何度かけても電話が繋がらずおよそ休業日だろうと。代わりに同じく武蔵小山の『リストランテ フィーロ』へ。前菜盛り合わせ、渡り蟹のトマトソース パスタ、鴨もも肉のコンフィなど。コンフィがでらべっぴんうまかった。9月に金沢にいくことを決めた。二十一世紀美術館にまた行けることが楽しみで仕方ない。

八月二十二日(水):アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』読み終わった。これで『レベッカ』と同時に読み進めた他の本たちをすべて先に読み終えることになった。ベスターはまるでウィリアム・ギブソンのようにハチャメチャ・パンキッシュな文章で、しかし全編貫く「執念」だけ全くぶれないでいた。結局のところハヤカワSFが何よりも面白いのだとあらためて感じた。

八月二十三日(木):夜、打ち合わせにて、こんなことしようぜ、と脇道にそれた内容でワクワクした。早速キックオフをセッティングした。

八月二十四日(金):ブルーハーブ/サ上とロ吉のライブ。うちの相方がフクダがちゃらいと信じてやまないことを告げたところ、一回会ったら清廉潔白さが伝わるはずと言っていたがとてもリスキーな行為だと思った。24:30・タケシと武蔵小山で合流し、つけ麺慶次で飯食って、マックで打ち合わせ。深夜3時解散。

八月二十五日(土):ぐだぐだぐだして、夜、特製サンドウィッチを作り、ビデオ屋で『50/50』(ジョナサン・レヴイン)借りてきて見る。この映画を見た人が90%同じことになるだろうが、終盤、セス・ローゲン演ずる親友の家のシーンでおいおい泣く。トニスコも同じ気分だったのだろうか。アナ・ケンドリックという子はとても魅力的なのでもっと映画に出てほしいと思う。朝まで『レベッカ』(デュ・モーリア)、いよいよ読み終わる。なんていう小説だろう、と思う。こんなに凄い小説は他に読んだことないのでは、とすら思ってしまう。今こそ、好きな作家にデュ・モーリアと挙げよう。

八月二十六日(日):いまから相方の誕生日のサプライズパーティーをしにいく。新宿へ向かう。

 

about Tony Scott

この短い文章を書くまで、しばらく時間を要した。迷ったけれど、やはり書いておきたいと思った。

夏休みが明けた初日。友人からメールが届いた。「おい」「自殺だってよ」。Facebookを開いた。別の友人2人もそのことに触れていた。

名前を入れて、Google検索をした。遺書が見つかった、とある。写真が添えられていて、彼の姿、容姿をはじめて意識した気がした。白人で、すごく不健康そうな見た目をした写真が使われていて、なんだか驚いた。リドリー・スコットの弟なのだから、当然そんなわけはないと思いつつも、僕の中で勝手にデンゼル・ワシントンみたいな、あるいは三宅唱のようなガタイのいい黒人を想像していたからだ。自殺というのは嘘だと思った。

『デジャヴ』、『アンストッパブル』、『サブウェイ123 激突』、『エネミー・オブ・アメリカ』、『ドミノ』、『スパイ・ゲーム』、『トップガン』多くの素晴らしい傑作を生み出した最も偉大な映画監督を、世界は失った。彼の映画がもう見れないなんて、信じられないくらい悲しい。

心からご冥福をお祈りしたい。そして、すぐに、生まれ変わって、また素晴らしい映画を生みだしてほしい。

TBH/サ上とロ吉

わずか2か月で3回目のTBH、横浜クラブリザード。フクダとモリシと。完全にブルーハーブ信者やんとフクダに言われたが、『TOTAL』出てから2ヶ月間はほんと『TOTAL』しか聞いていなく、iPhoneに『TOTAL』しか入ってなかったことからもよくわかるところだ。サイプレス上野とロベルト吉野とのツーマン。

まずはサ上とロ吉で、とてもよくて、「終わコン」という曲やってたけど、「終わコン」という言葉は最近ある友人が連発して使用している言葉で、響きが素敵だなー、と思っていたので、その意味を知れただけでもとてもよかった。「音楽」「終わコン」「サ上」「終わコン」「ロ吉」「終わコン」と楽しく叫んだけどとても失礼なことをしたと今では反省している。

最近は「地」に訴えられるとどうにも弱い傾向があって、ブルーハーブの札幌は勿論だけど、田我流の山梨だとか、サ上とロ吉の横浜もそうだし、果ては『ダークナイトライジング』のゴッサムシティまで。地への愛情を訴えられるだけどどうにも涙腺が弱くなっていかんいかん。「横浜は俺らのヤサだから、だからお前ら自由にやれよ」とか「横浜で俺に恥かかせんなよ」とか、最後の全然有名じゃないけど、横浜の、ドリームランドのHIPHOP仲間がみんなステージ登ってラップしたやつなんて、踊りながらぼろぼろ泣いた。それは僕が特定の地を持たない、スティル根無草だから、より一層なのかもしれない。

一瞬だけひやーとしたのは、サ上とロ吉の曲名忘れたけど、有名な曲をロ吉がかけた瞬間、誰か客が「これを聞きたかった」と大声で叫んだ瞬間、サ上がぼそっと「だったら帰ってくれ」と言ったときで、さーっと血の気が引いたのは僕だけだったろうか。何事も無かったようにライブは続行されたが、これが恐怖か、という感情を久々に覚えたものだ。

その「終わコン」という言葉を連発する岡山の友人宅で見たのだが、ブルーハーブがはじめて東京、六本木コアでやった99年のライブDVD(今調べたらタイトルは『藷演武』というそうだ)、あれは感動的で、そんときはブルーハーブなんて誰も知らなかっただろうから、最初の方は全然人まともに聞いてないんだけどしばらくのうちに、観客の表情がどんどん変わってきて、「俺今とんでもない瞬間に出くわしてるんじゃないのだろうか」と多分そのときそこにいた誰もがそう思っていく様がしっかり映し出されてて、その友人宅はプロジェクター備え付けで壁一面にあんぐりとした顔が映し出されていくのが忘れられなかった。今日のライブ中は、なぜだかそのときのことを思い出した。それは彼らが再び挑戦者に見えたからだろうか。

友人はブルーハーブについて、CD1枚目は挑戦者、2枚目は先導者、3枚目は教育者という表現をして、いまだに忘れられない形容ランキング上位に入るものなのだけど、4枚目は、「そしてお前は神になった」と言いたいところだけど、一段高みにのぼって、そのステージで一から挑戦者をやってる、という印象を受ける。3度のライブでも「リスペクト」という言葉を連発することからもわかるように、1枚目や2枚目ではまず見せなかった周囲のラッパーや、音楽やる人たちへの尊敬の気持ちで、ボスからその言葉を聞くたびに、あー高みに登ったんだなという感覚を覚える。中途半端に登ってしまった人々の醜さ、偉そうさ、周囲への見下し感は僕には耐えられないなーという瞬間があって、だからボスのそんな思いが伝わってくる4枚目を僕は一番愛しているのだ。ライブ中、サ上とロ吉を何度も誉めたたえ、「お前らは勝ってるよ。でも俺もお前らには負けないよ」といったボスの表情が忘れられない。

こんにちわ、世界!!

この興奮を果たしてどう処理していいのか、自分の中の溢れる高ぶりを!ハロー、ワールド!こんにちわ、世界!

夏休みの目標にしていた、Wordpressを使ってサイトを完成させることができましたよ!とこの興奮を1人でも多くの人に伝えたくてしょうがない。

ほとんど三日三晩、文字通り寝食も忘れてPCに向かいっぱなしで、当然PHP言語なんて全然わからなかった私は、Google先生に問いかけながら、こうだろうか・こうかな、と適当にプログラムを打ち込んでみたり、そのたびに、どこかのページが消えてみたりを繰り返し、この高みまで到達することができた。この感動をまず誰にと問われれば、「いまは自分を誉めてあげたいです。」と答えるだろうし、たとえばFacebookコメントがでてきたときの喜びなんて、自分のことを言えば、半年間くらいで一番嬉しかったことではないだろうか。昨日深夜5時ごろ、「うおしゃー!!」と片手をあげて、大声で叫んだものだ。

かつて、1年半前、daichitanaka.comというドメインを取得し、ロリポップでレンタルサーバを借りてみてwordpressの本を買い、挑戦をしたときは、そもそもwordpressにログインすらかなわず、諦めて、レンタルサーバ代を1年ほど無駄に払い続けることになっていたので、苦節1年半、ようやく念願かないました、というところだ。思い変えせば、当時は「必然性」がなかったから、簡単に諦めていたのだろう。意志とは「必然性」か「覚悟」から生まれる。

最後に、wordpressを学んだことは、自身のブログを始めるため、ではなく、いよいよ、ちゃんと僕をここまで育ててくれた「映画」という産業に恩返しをするべく動き出していく、という決意であるし、はじめの一歩だ。その決意をさせてくれた友人たちに、スペシャルサンクスしたい。特に三宅唱という素晴らしい映画監督に感謝を込めて。ニューワールドはまだはじまったばかりだ。