ルビッチとハワードとモーリア

久々に渋谷シネマヴェーラでルビッチとハワードの映画満喫。会員証を再度作ってもらったのだけど、かつてのことを思い出して、ほんとどれだけヴェーラヴェーラ行ってたのだろうとか、映画見て友人と会ってそのままアルコールやカッフェに興じ、話したことだとか思い出して、あーいかんいかんとなる。大学時代にルビッチをやるとなれば、上映後、振り返って座席を見れば、知った顔の1つや2つ少なくともいたはずだが、今日はおじいさんばかしで、一体みんなどうしたもんだろうか。元気でやっているのだろうか。

ところで見た映画は、『街角 桃色(ピンク)の店』(エルンスト・ルビッチ)と『姫君海を渡る』(ウィリアム・K・ハワード)の2本で、ハワードと言えば当然ホークスかと思いきやウィリアムだ。ルビッチは、もはや彼の映画に例外はないのではと思うくらい、今回も当然のように最高で、あの終わり方だけはどうなの、と言いたい部分もありつつも、大層楽しんで見た。どうしようもなく最高だった。ハワードはキャロル・ロンバードがはじめてスクリーンに出た瞬間、わおと驚かされ、それは彼女がどう見てもグレタ・ガルボに扮しているからで、僕がかつて名乗っていたがるぼるという名前はグレタ・ガルボが好きすぎるからなので、もうそれだけで大満足だった。

スタバで珈琲飲みながら『レベッカ』読み、読んだ人にしか分からないけどあの仮装舞踏会のシーンの準備~当日~翌日あたりのシーンでもうなんて衝撃的なお話かしらとスタバであわわわわ、帰り道の電車でも引き続き読んでいたら、気づいたら2駅も乗り過ごした。帰ってカオマンガイ作って、ひきつづきwordpressをせっせとやる。

8.16 スケートボードとシュシュ

夏の目標その2:「スケボーできるようになる」ということで、モリシとフクダとスケボー@高円寺。やっぱサーフィンとスケボーとジャック・ジョンソンだよね、ということで、スケボー乗れるようになった!すげー楽しかった。完全スケボーほしいけど、嫁に買うなと釘を刺されている。次はサーフィンに挑戦。

晩飯は高円寺の「天王」でワンタンと天津飯(完全これだけのために高円寺これるくらいうまー。)、おもろい古本屋でウィリアム・ギブソンの小説2冊購入(奇跡的な値段)して、六本木移動してschooの現地授業、柿内芳文を招いて「レーベルの立ち上げ方」について。偶然、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を読了した直後で、へえとなる。いい講義だったので、あとでまとめる。

8.15

久々に実家に帰って、片付けなどしてたら、昔のiPod、大学3から4年くらいに使ってたやつを久方ぶりに発見して、いまそれを聞きながらwordpressの練習をしている。この夏の目標の1つはwordpressを使いこなせるようになることで、そうなった暁には本格的にちょっとやりだしたいなーということに挑戦をする。それは最近受けた多くの刺激物によって生まれた感情で、前向きに前向きだ。

昔のiPodのトップ25を流しながらワーク中なのだけど、いまの自分のiPhoneに入ってるのはほとんどヒップホップばかりなので、なかなか新鮮で、ワーキングがはかどる。

以下1位から。名曲ぞろい。

That’s The Spirit/Judee Sill

Always Love/America

Happiness Is A Warm Gun/The Beatles

I Want You/Bob Dylan

Friday’s Child/Them

Cocaine Blues/Johnny Cash

The Kids Are Alright/The Who

Brown Sugar/The Rolling Stones

Do you Remember Rock’N’ Roll Radio?/The Ramones

Be My Baby/The Ronettes

Martha My Dear/The Beatles

The Floppy Boot Stomp/Captain Beefheart

Suger Boy/Beth Orton

Every Time It Rains/Randy Newman

Speak Solw/Tegan & Sara

Drunken Angel/Lucinda Williams

It’s Only Rock’N’ Roll/The Rolling Stones

Louisiana 1927/Randy Newman

We Tigers/Animal Collective

Walk On The Wild Side/Lou Reed

Live As You Dream/Beth Orton

Four Winds/Bright Eyes

Be Good or Be Gone/Fionn Regan

Happy Birthday/The Innocence Mission

Don’t Let Them Take You Down/Jesse Malin

久々に聞くBeth Ortonとかもう号泣するくらいいい、、

『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(ベン・アフレック)

近作『ザ・タウン』でその図体から想像できないほどに、まさしく「映画」を撮り上げたベン・アフレックの、監督第一作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』を見た。

想像通り、圧倒的に素晴らしい映画で、『ザ・タウン』『ゴーン・ベイビー・ゴーン』の両方を見てしまった僕たちは、クリント・イーストウッドやトニー・スコットと並ぶ映画作家の誕生に立ち会えたことをただ喜ぶしかない。(『アルマゲドン』ではじめて彼の姿を目にした僕たちの一体誰がこのような事態を想像しただろうか!)

冒頭、最小限に留められた音/セリフ、街の人々の表情/視線、たった数分間で映画は異様な緊張感に包まれる。(映像はまるでトニー・スコットの『アンストッパブル』『デジャヴ』を彷彿とさせるかっこよさだ)何かとんでもない事件が始まることをまるで、セリフもなしで、音声と表情だけで撮り上げてしまうベン・アフレックの才能に感嘆するばかりだ。

あえてこの場では、物語には触れずにおこう(デニス・ルヘインの探偵シリーズ『愛しき者はすべて去りゆく』を原作とした脚本が面白くないわけがない。ぼくは『闇よ、我が手を取りたまえ』しか読んだことないけど。。)映画作家ベン・アフレックが作り込んだ画面は、2時間もの間そのほとんどが、短いクローズアップ/クローズアップの切り返し/会話する2人のバストショット・背中のショット(まさに演出!!)の3つしかほとんど存在しない。その3つの構図だけで作り上げた、かつて見たことも無いほどの「視線劇」なのである。

この映画に内包する、数多くの重厚なテーマを、すべて登場人物による「視線」だけで撮りつくすベン・アフレックの才能をただうらやむばかりである。ただ相手に対して真っ直ぐに視線を向けるのはケイシー・アフレック/ミシェル・モナハンだけで、当然、「重大な嘘」を抱えているエド・ハリスや、アマンダの叔父の視線は真っ直ぐには向けられない。終盤バーの場面、「重大な嘘」をなおもつき続けようとする、アマンダの叔父の視線は大きく揺らぐ、ミシェル・モナハンは叫ぶだろう「ルック・アット・ミー!」と。ラストシーン、2人の意見が食い違い、ミシェル・モナハンが視線を外すとき、それは2人の永遠の別れを意味するだろう。

いづれアメリカ映画を代表することになるだろう、新たな映画作家の第一作を絶対に見逃してはならない。


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『映画覚書vol.1』(阿部和重)

とてつもなく面白いのだが、なかなか読み進まぬ『レベッカ』(デュ・モーリア)と同時並行で4冊ほど本を読み進めているわけだが、その中で一番最初に読み終わったのは『映画覚書vol.1』と題された阿部和重の映画批評集だった。2004年の作品である。

多少、映画や小説に縁があるものであれば、阿部和重が小説を書く前、映画監督を目指し、映画学校に通っていたことは周知のことだろう(当然シネフィルだ)。そして、いまの日本の若手映画批評家といえば誰か、と問われれば、残念ながらかろうじて名前の挙げられる唯一の人物かもしれない。Amazonのレビューが評論家の言葉よりも信頼性が高い、と報じられたのは最近の話だったと記憶しているが、こと映画においても同様のことは起きており、「映画批評家」というくくりにおいて名前が認知されている人たちよりも、ブロガー/無名のレビュアーの方が知識も豊富で、よっぽど刺激的な文章が書くことがきできるという現状は全く嘆かわしい事態である。

内容はとても充実している。シネフィルであり、映画監督であった彼は、映画を語るにおいて十分な知識と経験を持っており、その言葉は説得力に満ちている。しかし、そのほとんど唯一の若手映画批評家の阿部和重をもってさえ、何かが足りないのである。蓮實の文章を読んでいるときのようなドキドキワクワク感がどうしても生まれない。理由は何なのだろうか。あくまで阿部和重は優れた「作家」であり、「映画の人」ではないからなのだろうか。客観的に論ずれど、この映画をどうしても見たい、と映画館に駆けつけさせる力は、彼の文章にはない。この500ページ近い評論集の最も面白かったところは、蓮實との対談における、蓮實の発言であったことが物語っているのだろう。

日本におけるほとんど唯一の若手映画批評家である彼でさえ、この程度であれば、日本の映画批評はそれこそ、危機的な状況にあるのではないだろうか。蓮實重彦の最新の著作『映画時評2009-2011』の最後のあとがきにおいて、教育者たらん彼が「若者がしょうもないから俺が見本を見せなければ」と言ったのは、もしかすると映画監督に対してよりも先に、映画批評家に対しての言葉だったのかもしれない。

『ダークナイト・ライジング』(クリストファー・ノーラン)

『ダークナイト・ライジング』(クリストファー・ノーラン)見た。絶好調のノーラン、期待を違わぬ素晴らしい映画だった。

シリーズを通して見ている者であれば、当然、舞台はニューヨークに酷似した架空の都市、ゴッサム・シティだと知っている。かつてハリウッドの大作映画でここまで、「地」にこだわった作品はない。クリスチャン・ベイル演ずるブルース・ウェイン/バットマンがほとんど無茶な戦いに挑むのは、この都市のため、それだけである。映画全体に流れる、地への誇り/愛情は全く感動的であり、ほとんどそれだけの理由で、この映画が『ミッション・インポッシブル』よりも素晴らしいと断言できる。

ゲイリー・オールドマンの演説から映画は始まる。壁一面に飾られた、ハービー・デントの大きな写真。ゲイリー・オールドマンは一枚の紙を胸ポケットにしまう。前作の映像のフラッシュバックが所々に挿入される。前作を見たことのある誰もが、本部長と呼ばれる彼の葛藤を知る。この都市は、その死によってヒーローとなったハービー・デントによって平和となったのだと気づく。『ダークナイト』『インセプション』以上の、倒錯に満ちた映画だ、とそれだけで僕らはこれからの3時間が素晴らしい時間となるだろう、と確信するだろう。

ノーランはゲイリー・オールドマン/ジョゼフ・ゴードン=レヴィットに「偶然は信じない」と言わせる。(ともにこの映画における最も素晴らしいシーンの1つだ。)終盤、橋の上、偶然はないということを思い知るジョゼフ・ゴードン=レヴィットの失望、しかし、偶然を超えた「奇跡」というものがあることを彼は知る。ラストシーン、奇跡としか言いようがない、クリスチャン・ベイルの笑顔に思わず、誰もがガッツポーズするだろう。しかも、過去とは違い、今度は正面を向いて座るのだ。今作の続編があることを予告するいやらしい演出に、かるく辟易しつつも、ノーランが監督であるならば、と楽しみになってしまうのだ。勿論楽しみの1つはあまりに魅力的すぎるアン・ハサウェイが再度スクリーンで見れることだ、ということは言うまでもない。

8.11 生き残るための努力について

お昼は嫁友達のMさんと3人で、新宿「やまと楽」でランチ。1,500円で先付、前菜、メインと一通りそろってて雰囲気も良くてよかった。煎り豆ごはん激うまだったので、家でも作る。Mさんは、子供2人いる男性を嫁と別れさせたツワモノで、話をドキドキしながら聞いた。小悪魔的な魅力に溢れる女性でした。

嫁とMさんはカフェに行くとのことなので、ばいばーいして、新宿バルト9で『ダークナイト・ライジング』(クリストファー・ノーラン)。残1席の奇跡。ここ最近『アメイジング・スパイダーマン』『THE DEPTHS』と満席で映画見れずが続いているので、今日はラッキー。映画ブーム来てるのかしら。

映画終了後、紀伊國屋で話題の「ほんのまくら」フェアのぞく。本のタイトル見せずに、本の導入部だけわかる形で、本との偶然の出会いを、というフェア。人が集まって、みんなが興味を持った導入部の本をレジにもっていく。とにかく感動したし、これこそ生き残るための努力だよなーとしみじみと感じた。映画や本や音楽はこういった努力をとかくしていかなければならない、じゃないとほんと死んじゃうよ、というのはこないだの友人との飲みの場の主題だった。例えば、僕の仕事であるネット業界は、生き残るためにどうすればいいか/どうするべきか日々考え、努力し続けている。それを知っている僕にしてみれば、いまの映画/本/音楽という業界はとかく努力が足りないように、少なくとも、見えてしまう。その中での紀伊國屋の取り組みは、本当に素晴らしいと思いつつ、偶然の出会いに期待して一冊の本を購入した。

表紙にはこう書かれている。「小説にはおよそ始まりも終わりもない」。読者として、とても本を開くのが楽しみだ。

8.10 ぐるぐるぐるがおん

会社帰りに嫁と「グルガオン」(だいすき!)。奥がバターチキン、手前がチキンムガライ。今日も激うまでした♡

渋谷に向かい巷を賑わせてる濱口竜介監督(ハマグチ!ハマグチ!ハマグチ!)の『THE DEPTHS』見に行こうとしたら満席。それでも、ものすごい人の溢れるオーディトリウム渋谷にちょっと嬉しくなったり。TSUTAYAいったら、CDがいつでも10枚2,000円レンタルになっていて驚いたので、久々にレンタルなど物色。田我流「B級映画のように」、LUVRAW & BTB「ヨコハマ・シティ・ブリーズ」など聞きたいものに出会え過ぎて、18枚レンタル。ほぼヒップホップ。今年の夏もヒップホップ三昧になりそうです。

家に帰ってこの夏、貴重な時間にやりたいことをまとめる。

『屋根裏部屋のマリアたち』(フィリップ・ル・ゲイ)

フィリップ・ル・ゲイの『屋根裏部屋のマリアたち』、Bunkamuraにて。

この作品が映画として十分に成り立っているということは、マリアがメイドとして働き始めた初日、裏窓から仲間を呼びつけるシーンを見ればわかるだろう。数々の映画において裏窓が使われる美しいシーンを知っている僕たちは、この魅力的な舞台における新しい活用法に、なるほどこの使い方があったか!と発見の喜びに充ち溢れる。それだけでなく映画全体としても素晴らしいコメディで、終始劇場は大笑いに包まれるわけだが、その陰に潜むメロドラマがたまらない。たとえば教会のシーン、ミサにおけるマリアの後ろ姿、視線の美しさなど忘れ難い。とてもいい映画でした。